セラピストにむけた情報発信



手刺激のメンタルローテーション:
6-8歳児に見られる強い身体性干渉の意味(Sekiyama et al. 2014)




2016年2月2日
今回ご紹介するのは,6-10歳の児童を対象として,手刺激のメンタルローテーション能力について報告している論文です。熊本大学の積山薫氏によるご研究です。

Sekiyama K et al. Strong biomechanical constraints on young children’s mental imagery of hands. R Soc Open Sci 1, 140118, 2014

この研究の意義を説明する前に,実験により得られた成果をまとめておきたいと思います。

実験対象者は,6-10歳の児童,および大学生でした(各年齢につき15-20名の参加者)。実験課題は,モニター上に呈示される手刺激が右手か左手かについて,できるだけ素早く正確に回答するというものでした。手刺激は回転した状態で呈示されており,参加者はその刺激(もしくは自身の手のイメージ)を心的に回転して答えることになります。

参加者は手を実際に動かしながら回答してはいけないルールであると知っています。しかし,児童によってはどうしても手が動いてしまうケースが見られました。実験では,手が動いてしまった場合,一度はそれを指摘するものの,2度目以降はそれを指摘せず,手を動かしながら回答したことについて記録し,その頻度を分析対象の一つとしました。

実験の結果,参加者のうち6-8歳児については,2つの点で身体性の強い干渉効果が見られました。

第1に,6-8歳児の場合,課題遂行時にどうしても手が動いてしまうケースが見られました。特に6歳児は,全参加者が手を動かしながら課題を遂行していました。言い換えれば,6歳児は,手を動かしながらでないとメンタルローテーション課題をうまく遂行できなかった,ということになります。

第2に,手刺激の回転方向が,手を動かしにくい方向の場合(右手の場合は反時計回り,左の手の場合は時計回り),手を動かしやすい方向の場合に比べて,反応時間が遅延しました。この反応時間は,実際に手を動かすことなく回答できた試行だけを対象に分析しています。よって,実際に手を動かしたから遅いのではなく,イメージ上の回転活動に対して,実際の手の動きと共通する特性が見られたことになります。

積山氏らは,6-8歳児に見られたこれらの身体性干渉は,脳領域の成熟度に基づく仮説(primary area hypothesis)により説明できると主張しました。

身体刺激のメンタルローテーションに対して身体性の干渉が起きるのは,一般に,メンタルローテーションに身体スキーマが関与するからだと考えられています。身体スキーマは,身体状況に関する多感覚情報をオンラインで統合することで,身体状況のモニター(気づき)や身体運動をおこなうための基盤として機能していると考えられています。

成人対象者が身体刺激のメンタルローテーションを遂行している最中の脳活動を観察すると,運動前野背側部に強い活動が見られます。運動前野背側部は,身体運動のプランニングに関わる脳領域でもあり,身体スキーマの活動にも深くかかわると考えられています。ある研究によれば,運動前野背側部は比較的年齢が経過してから成熟することが指摘されていることから,6-8歳児の場合,身体スキーマの活動は運動前野背側部ではなく,別の脳領域の活動により支えられているのではないかと推察されます。

積山氏らは,幼児の場合,未成熟な運動前野背側部の代わりに,既に十分成熟している運動野や体性感覚野が身体スキーマに関与しているのではないかと説明しました。6-8歳の幼児が身体性干渉を強く受けたのは,これらの脳領域が,“運動のプランニング”ではなく,むしろ“運動の実行”に深く関わる脳領域だからではないかと考えたわけです。

現在私は,積山先生が代表者となっている科学研究費補助金(基盤研究A, 平成25-28年度採択課題)の分担研究者に加わっています。積山先生は,研究に関する豊富な知識を持つだけでなく,非常に優秀な方々をチームに加える手腕に長けており,とても良い出会いの場を提供してくださっています。積山先生との良縁に感謝しつつ,この科研費研究に貢献するデータをコンスタントに提供していきたいと,論文を拝読して改めて思った次第です。

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