セラピストにむけた情報発信



バランスを崩した際のステップ方略:その認知的負荷(Patel et al. 2015)



2015年7月10日
立位姿勢時に大きくバランスを崩しそうになったとき,ステップ方略(片脚を前後左右のいずれかに移動させて,支持基底面を広げる)によって,バランスを回復させようとすることがあります。

今回ご紹介するのは,このステップ方略にどの程度認知的資源が必要なのかについて,デュアルタスク課題条件下で検証した研究です。

Patel PJ et al. Attentional demands of perturbation evoked compensatory stepping responses: examining cognitive-motor interference to large magnitude forward perturbations. J Mot Behav 47, 201-210, 2015

実験は17名の若齢健常者を対象に行いました。ハーネスで吊るすという転倒防止策をとった状態で,トレッドミル上に乗っている参加者に対して,不意にトレッドミルを前方へ移動させることで,後方へバランスが崩れる状況を作り出しました。こうした状況下で,参加者が後方へ片脚をステップさせる方略を詳細に検討しました。

デュアルタスク条件で用いた2次課題は,数字とアルファベットを交代で口頭で述べるという認知課題でした(トレイルメイキングテストの口頭版,とでもいうべき課題)。情報の保持や複数の情報の切り替えが必要という意味で,ワーキングメモリの機能を用いる課題と言えます。

実験の結果,デュアルタスク条件下でのステップ方略は,シングルタスク条件に比べて,ステップの歩幅が小さく,なおかつその立ち上がりにかかる時間が遅いことがわかりました。ステップの歩幅が小さいということは,支持基底面が小さくなってしまうことを意味します。こうしたことに付随した結果として,質量中心位置(COM)が支持基底面から離れた位置に付置されることとなり,よりバランスが崩れやすい状況となっていました。

さらに,デュアルタスク状況下では,2次課題である認知課題についても成績が低下しました。こうした一連の結果から,著者らは,バランスを崩した際にステップ方略をとるという運動制御と,数字とアルファベットの処理に関する認知的処理には,少なくとも一部オーバーラップする情報処理が要求されると考えました。認知的処理には一定の限界があるため,両者を同時に行おうとしたことで,両者のパフォーマンスが低下した,という解釈です。

一般に,立位姿勢制御課題と認知課題を同時に行おうとすると,認知課題のパフォーマンスのみが低下し,立位姿勢課題には大きな影響が見られない,という結果が得られます。こうした傾向は,“posture-first strategy”とも呼ばれます。つまり,バランスの維持は極めて重要なため,2つの課題を同時に行う際に認知処理がバッティングしてしまう場合には,バランスの維持を優先する方略がとられると考えられています。

これに対して,この論文の著者らは,バランスの崩れが比較的大きい条件で,かつ,最初にそうした状況を経験した事態では,認知的負荷が非常に高いため,バランス課題と認知課題の両者に悪影響が生じているはずだと主張しました。このような主張が正しい場合,そもそもデュアルタスク状況下でのパフォーマンスが低下しやすい高齢者などの場合には,ステップ方略によるバランス回復が難しい状況となるかもしれません。

基礎的実験資料として,注目すべき最新論文の一つと思います。
<お知らせ>
7月13-19日まで,国際生態心理学会に参加します。次回更新は22日以降となります。
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