セラピストにむけた情報発信



立位姿勢バランスの良し悪しが立位時の視覚判断に影響を与える:
覚醒水準の効果?(Geuss et al. 2010)




2015年5月25日

今回ご報告する内容は,バランスボード上で揺れやすい状況では,視覚的な判断が変化することを報告した論文です。

Geuss MN et al., A balancing act: physical balance, through arousal, influences size perception. Atten Percept Psychophys 72, 1890-1902, 2010

この論文では,標記の問題を検証するために,6つの実験を行っています。1つの論文に6つの実験を列挙するというスタイルは,医学系の雑誌では見慣れないスタイルです。実験心理学の研究では,こうしたスタイルは一般的であり,できるだけシンプルな実験を複数組み合わせることで,論理を積み立てていくという方式がとられます。

実験は全て,若齢健常者を対象に行いました。参加者は,円盤状のバランスボードの上に立ちながら,目の前に置かれた細い角材の幅を見積もりました。バランスボードが揺れやすい状態と揺れにくい状態を作り出すことで,バランスの良し悪しを操作しました。

見積もりに先立ち,参加者には「この角材の上を歩くイメージを持ってください」という教示がなされました。つまり,参加者の判断には,角材の上でバランスを維持するというイメージが影響すると予想されます。実験の厳密性だけで考えれば,こうした教示の効果そのものを検証する実験が必要と思います。ただこの研究では,先行研究において,こうしたイメージの直後では,身体拘束が視覚判断に影響するということがわかっており,その知見に基づき実験をしています。

第1実験の結果,揺れやすい状況下においては,角材の幅がより細く見えるということがわかりました。判断のばらつき自体には変化がなかったことから,比較的コンスタントに,角材の幅が細く見えたことになります。

この現象が持つ意味を確かめるために,残り5つの実験が行われました。その結果をまとめると,以下のようになります。
  • 観察時間の影響はない(つまり,揺れやすい状況下で角材を観察している時間が短かった事が影響したわけではない)。
  • 足踏みジョギングをしながら判断したり,数字の減算とのデュアルタスクで判断したりすると,やはり角材の幅が細く見える。
  • やや刺激の強い写真を見せることで覚醒水準を高めた直後に判断を行うと,やはり角材の幅が細く見える。
これらの実験結果に基づいて著者らは,バランスが安定しない状況下では,覚醒水準が高まることで,バランスに関連する視覚判断が影響を受けるのではないかと結論づけました。バランス機能が退化しているリハビリテーション対象者においても,同じようなことが起こっているかもしれません。

私の専門は,実験心理学です。私のもとで大学院生として研究しているスタッフには,仮説検証型の小さな実験を積み重ねることで,論理を立てていくことの重要性について指導をしているつもりです。こうしたことが将来,リハビリテーション科学領域の研究にも何らかの形で貢献できていればよいなと思っています。


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