セラピストにむけた情報発信



初めて手動車いすを利用した人の“車両感覚”:追試的研究
(Rodrigues et al. 2014)




2015年4月20日

10年以上前になりますが,かつて私は,若齢健常者が初めて手動車いすの“車両感覚”について,論文発表したことがあります
(Higuchi et al. “Visual estimation of spatial requirements for locomotion in novice wheelchair users. J Exp Psychol Appl 10, 55-66, 2004)。

ここでいう車両感覚とは,車いすを使って接触することなく通り抜けられる最小の隙間幅を,正確に判断する能力のことをさしています。

私の論文では,以下のような点が主たる結論でした。
  1. 初めて手動車いすを利用する若齢者は,実際には接触なしには通過できない隙間幅を,「通過できる」と判断してしまう(通過可能な隙間幅の過小評価)。
  2. この過小評価傾向は,1日に14試行の通過経験を週4回,2週間にわたり実施しても,完全には解消されなかった。
  3. 参加者は,歩行によって通過できる最小の隙間幅については,車いすの場合とは逆に,むしろ過大評価する傾向があった。
今回ご紹介する研究では,この2004年の研究とある程度同じ手続きを用いて,追試的研究を行った結果が報告されています。

Rodrigues S et al. Visual estimation of apertures for wheelchair locomotion in novices: perceptual judgment and motor practice. Psychology and Neuroscience 7, 331-340, 2014

Rodrigues et alと私の研究は,基本的な手続きは同じなのですが,参加者が手動車いすの運転を経験する手続きが異なりました。私の研究の手続きは,上記2のとおりです。Rodrigues et alでは,1日のうちに50回の通過経験を行ってもらい,その前後で隙間幅に対する判断を行ってもらいました。

実験の結果,主たるポイントは,おおむね私の報告と一致していました。生まれて初めて使用する車いすについては,接触可能な隙間幅を過小評価しました。その逆に,歩行については接触可能な隙間幅を過大評価しました。

訓練の効果については,訓練をおこなった参加者だけでなく,訓練を行わなかった参加者についても,事後のテストで判断が改善されることがわかりました。従って統計的には,訓練が独自にもたらす効果は認めらなかったことになります。

訓練の効果が得られなかったことについて,Rodrigues et al.は,車いす運転によって得られる視覚運動経験と,隙間幅の判断に必要な視覚情報に一定の乖離があるのではないかという考察をしています。

自分が行った研究が,他の研究者によって追試的に行われるということは,単に名誉であるということだけでなく,自分が報告した結果の客観性を知るという意味で,とても重要です。

論文には,他の研究者が実験を忠実に再現できるように,できるだけ詳細に実験手続きを記載します。しかし,実験の結果は,必ずしも手続きには記載されないような実験環境の影響を受けることもあります。また人間を測定対象とする実験の場合,参加者の気分や体調など,厳密には統制が難しい変数も結果に影響しえます。よって,実験結果の客観性を得るには,自分自身で何度も繰り返し実験するだけでなく,他の研究者が同様の検証を行うということが必要不可欠です。

今後もできる限り,他の研究者の方々から興味を持っていただけるデータを示していきたいと考えています。

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