セラピストにむけた情報発信



手にモノを持つことのデュアルタスク性:バランス回復のための把持動作の遅れ
(Van Ooteghem 2013)




2015年2月23日

手にモノを持ちながら,別の作業をすることがあります。小さなものであれば,それを持っていても,作業を邪魔することはありません。しかし,不意にバランスを崩してしまい,モノを持っているほうの手で手すりを掴むべき状況においては,モノを持つことがその反応を遅らせる可能性があることが示されています。今回ご紹介するのは,そうした研究の一例です。

Van Ooteghem K et al. Time to disengage: holding an object influences the execution of rapid compensatory reach-to-grasp reactions for recovery from whole-body instability. Exp Brain Res 231, 191-199, 2013

実験参加者は若齢者10名です。参加者は,カスタマイズされたシートに座り,このシートが不意に後方に倒れたら,素早く右手付近にある手すりを掴んで,椅子が倒れないようにすることが求められました。

実験では,右手にモノを持っているとき(小と大の2サイズ)の反応の素早さを,何も持っていない時の反応の素早さと比較しました。

その結果,手にモノを持っているときは,何も持たない条件よりも,手すりを把持しようとする動作の開始時間が遅延しました。この傾向は特に,大きなモノを持っているときに顕著でした。また手すりの把持に関わる筋肉のうち,特に基部に近い筋肉(Extensor digitorum)の反応が遅延しました。

著者らはこの結果について,現在遂行中の動作(つまり右手でモノを持つこと)にかかわる四肢と同じ四肢で別の動作を遂行しようとすると,その切り替えに時間がかかってしまうからではないかと考察しました。

こうした現象は,ある対象に向けていた注意を,別の対象に向ける際に起こる現象と似ていると,著者ら説明しています。一般に,ある対象(A)注意を向けるとき,事前に別の対象別の対象(B)に注意を向けていると,Aに対して注意を向ける時間が遅延します。これは,注意をBから“引きはがす”ための認知情報処理(disengagement)に時間がかかるためだと考えられています。

手にモノを持っているときも,その把持動作にかかわる認知情報処理をストップすることなどに時間がかかるため,手すりを持つ動作が遅延するのだろうと,著者らは考えました。

手に何かを持ちながら行動することは,ごく自然な行為です。しかし,不意にバランスを崩すという緊急性の高い場面では,それが反応を遅らせうることを,この研究は示しています。高齢者の転倒予防などの問題を考えるうえで,無視できない情報と思います。

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