セラピストにむけた情報発信



高齢者における“posture-second strategy?”:
バーチャルリアリティ上での歩行課題を用いた検討(Schaefer et al. 2015)




2015年2月9日

高齢者を対象としたバランス能力の評価として,立位姿勢課題や歩行課題を他の認知課題と同時に行うという,デュアルタスク条件下で検討する研究が数多くあります。一般に,高齢者はバランス維持を最優先するため,シングルタスク条件下との違い(もしくは若齢者との違い)は,主として認知課題に表れると言われています。こうした高齢者の特性は,しばしばPosture-first strategyと呼ばれています。

今回ご紹介するのは,必ずしも高齢者がPosture-first strategyを維持できない可能性を示した,最近の研究です。

Schaefer S et al. Walking in high-risk settings: Do older adults still prioritize gait when distracted by a cognitive task? Exp Brain Res 233, 79-88, 2015

この研究では,バーチャルリアリティ環境と連動したトレッドミル上での歩行課題を用いました。道幅(広い,狭い)と道路の傾斜(なし,あり)を組み合わせた4つの歩行条件を作りました。実験には,高齢者24名(平均66.87歳)と若齢者24名が参加しました。参加者は,できるだけ早く,かつ道路から足を踏み外さないで歩くことが求められました。

デュアルタスクとして同時に行う認知課題には,3-back課題という,比較的難易度が高い課題が用いられました。この課題では,ランダムな数字が約2秒間隔でスピーカーから連続呈示される中で,現在の数字が3つ前の数字と一致していたら,“Tap”と言って知らせます。たとえば,”1 7 3 8 7 5 2 8 …”という数字列であれば,アンダーラインを引いた7を聞いた直後に,“Tap”と回答することになります。

4つの各歩行条件をデュアルタスク条件下で実施し,シングルタスク条件と合わせて比較検討しました。その結果,3-back課題については,歩行課題が難しくなるほど,正答数が低下しました。この現象自体は,Posture-first strategyとして見られる典型的な結果ともいえます。

しかしながら,高齢者は歩行課題においても,狭い道幅の条件において足を踏み外す回数が,デュアルタスク条件下で多くなりました。よって高齢者は,認知課題とのデュアルタスク条件下において,Posture-first strategyを完全には維持できなかったと言えます。

ただし,この結果をバランス能力の低下と結び付けて考えるのは,いささか早計な印象を与えます。この研究で用いた認知課題は,難易度が比較的高く,またバーチャルに設定された道から足を踏み外しても,バランスを崩す可能性はほとんどありません。こうしたことを考えると,高齢者がデュアルタスクとしてのパフォーマンスを総合的に維持するために,道幅に対して接地することを重視しなかった可能性もあります。実際,歩行速度自体はデュアルタスク条件でも低下しておらず(むしろ統計的に有意に増大しました),歩行のパフォーマンス全体がデュアルタスク条件下で低下したわけではありませんでした。

Posture-first strategyの現象が見られるかどうかは,課題の性質など文脈による影響を受けるのだろうと考えられます。


(メインページへ戻る)