セラピストにむけた情報発信



視線の安定は立位時における素早いステップ方略の実行に寄与する
(Diehl et al. 2013)




2015年2月2日

今回ご紹介する論文は,立位時に視線を一点に固定できる人ほど,不意にバランスが崩れた際に素早くステップ方略が取れることを示した論文です。高齢者と若齢者を対象とした実験報告です。

Diehl MD et al. The influence of gaze stabilization and fixation on stepping reactions in younger and older adults. J Geriatr Phys Ther 33, 19-25, 2010

立位時に大きくバランスを崩した時,素早くステップ方略をとることで,転倒を回避することができます。この研究では,こうしたステップ方略の実行の素早さに,視線の安定がどの程度影響するかを検討しました。

この研究が視線の安定に注目した背景には,高齢者がバランスを崩した際の頭部の揺れ動きの現象があります。

先行研究によれば,立位時に不意にバランスを崩すような実験操作がなされたとき,高齢者は若齢者に比べて,バランス回復のための応答が遅くなります。さらに,高齢者は頭部と体幹が同じように揺れ動くこと(両者が独立した関係にないこと)が示されています。若齢者の場合,体幹の揺れ動きに対して頭部の揺れ動きが少ないことから,若者とは対照的な特徴といえます。頭部の安定は,安定した視覚と前庭感覚の情報の入手につながるため,バランスの崩れの検知と対応に寄与しえます。

こうした背景に基づき,著者らは,視線を一点に固定させることで頭部の安定が保たれ,バランスの崩れに対するステップ方略の実行が促進されるのではないかと考えました。

高齢者10名(平均71.9±8.9歳)と若齢者10名が実験に参加しました。実験では,開眼での両脚立位中に,不意のタイミングで錘を付加する操作を行い,前方へバランスが崩れる状況を作りました。こうした状況におけるステップ方略の実行の素早さが測定されました。視線固定の影響を見るため,両群の参加者とも,固視点がある条件とない条件とでこの実験をおこないました。

実験の結果,いずれの参加者群においても,固視点に対して視線を固定する条件において,ステップ方略を開始するタイミングがすばやくなることがわかりました。年齢と固視点条件の交互作用は見られなかったことから,この結果は,年齢に関わらず起こる現象と解釈できます。

さらに,立位中の視線行動を測定したところ,固視点に対して視線を固定できる割合について,年齢による違いがありました。若齢者が測定時間の約78%の時間において,視線を固視点に固定できたのに対して,高齢者は61%程度でした。

興味深いことに,この視線固定時間とステップ方略の実行の素早さには,高い負の相関関係が認められました(若齢者,高齢者の相関係数はそれぞれ-0.76, -0.87)。つまり,視線を固視点に固定できる時間が長い人ほど,ステップ方略が実行されるまでの所要時間が短いことがわかりました。

以上の結果から,視線の安定は,不意のバランスの崩れに対する素早い対処に寄与しうると考えられます。固視点に対して視線を一定に保つような訓練は,高齢者,あるいは競技中にバランスを崩しやすい局面があるスポーツ選手にとって,バランス維持の訓練にもなるかもしれません


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