セラピストにむけた情報発信



脳卒中片麻痺患者における上肢動作の“シナジー”(Cheung et al. 2012)



2014年10月6日

今回ご紹介するのは,脳卒中後の動作障害の背景や回復の程度を,筋活動のシナジーという概念に沿って捉えようとした研究です。

Cheung VCK et al. Muscle synergy patterns as physiological markers of motor cortical damage. Proc Nat Acad Soc 109, 14652-14656, 2012

シナジーとは,いくつかの機能的に類似した筋をまとめて支配する神経制御機構のことです。人間の身体には膨大な自由度があるため,筋肉や運動単位といった要素の1つ1つを独立に動かすことは,実質的に不可能です。そこで,協調して動く要素については,それらを1つのユニットにして動きを制御しているのだろうというのが,シナジーという概念の背景にあります。

この研究は,次のようなプロセスでシナジーを特定しました。まず,様々な上肢動作を行ってもらい,その際の上肢の筋肉の筋活動を,筋電図波形として記録しました。次に,これらの波形に対して,共通因子を抽出するための多変量解析を行います。これにより,波形の中で共変性を持って動く成分を抽出していくわけです。記録された波形全体の80%程度を説明できるまで要素を抽出し,それらをシナジーと考えました。

実験に参加した各対象者に対して,健側と患測のシナジーを比較しました。その結果,患測のシナジーは,麻痺の程度や発症からの回復期間の長さによって,およそ3つのタイプがあることがわかりました。

第1のタイプは,健側とほぼ変わらないタイプです(preservation)。見かけ上の動作は健側に比べて巧緻性に欠けるものの,シナジーの構成が健側と変わらないケースがありました。こうしたタイプは,概して麻痺の程度の低い患者に顕著でした。著者らは,このタイプの患者は,動作を制御する脳からの運動指令そのものは保持されており,動作障害の原因は,それよりも末梢レベルの問題ではないかと考えられます。

第2のタイプは,健側に比べてシナジーが少なくなってしまうタイプです(merging)。シナジーが少ないということは,制御自体が単純になる反面,柔軟で多様な制御が難しくなることを意味します。こうしたタイプは,概して麻痺の程度の高い患者に顕著であり,共同運動や関節可動域の制限につながっているのではないかと著者らは考えました。

第3のタイプは,健側とは異なるシナジーが増えるタイプです(fractionalization)。こうしたタイプは,発症からの経過が長い患者に顕著であったことから,麻痺に対する適応やリハビリの結果を反映したものではないかと著者らは考えました。

個々の筋肉の筋活動に着目するのではなく,筋電図波形全体のパターンに着目することで,運動制御の実態を明らかにすることができるというのが,シナジーという概念を用いた研究の魅力です。著者らはこうした研究成果を応用して,最適なリハビリ方略を立てられるはずだと期待しています。


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