セラピストにむけた情報発信



ニホンザルの二足歩行分析とシミュレーションから探る
直立二足歩行の起源と進化(荻原 2014)




2014年9月1日

今回ご紹介するのは,慶応義塾大学理工学部,荻原直道氏が執筆された最新の総説論文です。

荻原直道 ニホンザルの二足歩行分析とシミュレーションから探る直立二足歩行の起源と進化.バイオメカニズム学会誌 38, 193-199, 2014

ヒトの直立二足歩行の起源や進化を考えるための研究手法の一つとして,もともと生得的に四足で歩くサルを,二足歩行できるように訓練し,その実現の背景にある解剖学的・力学的機構を明らかにする,というものがあります。この手法は,二足歩行を会得する一部始終を観察可能というメリットがありますが,その一方で,二足歩行の会得までにあまりにも膨大な時間がかかるというデメリットもあります(だからこそ,得られた知見は極めて有益とも言えるのですが・・・)。

こうした点を考慮し,荻原氏の研究室では,猿回しの芸として既に高度な二足歩行の訓練を受けた二ホンサルを対象に,その歩行の力学的特性を明らかにする研究を行ってきました。

ニホンサルの二足歩行の典型的な歩容を,ヒトの典型的な歩容と比べると,顕著な違いがありました。

全体的な特徴としては,ニホンザルでは股関節や膝関節が伸展する局面がなく,常に足が屈曲した状態で歩いていました。確かに,私たちがサルの二足歩行を物まねしようとしたら,股関節や膝関節を屈曲した姿勢をとって歩いて見せるように思います。この特徴は,ヒトでは立脚中期から後期にかけて股関節や膝関節が伸展するのとは,極めて大きな違いと言えます。

ヒトが立脚中期で股関節や膝関節を伸展させることで,重心位置を高くすることができます。この状態のまま,立脚後期に重心を倒立振り子のように運動させることで,高い重心位置によって蓄えられた位置エネルギーの一部を,運動エネルギーに変換することができます。これが,人間の歩行時の推進力となっています。

ニホンザルの場合,こうした歩行の推進は行っておらず,むしろ人間の走行時に見られる,弾性メカニクスを使っているのではないかと考えられました(立脚中期でむしろ重心位置が低くなり,ばねのように伸縮する力で推進する)。

荻原氏の研究の素晴らしさは,ニホンザルがヒトと異なる歩き方を取得する原因について,コンピュータシミュレーションを使って推定しようとする点にあります。

荻原氏は,ニホンザルが高度な訓練を受けてもなお,足全体を屈曲させて歩く原因は,股関節の構造にあるという仮説を立てました。つまり,そもそも四足性の動物が二足になると,通常よりも股関節屈筋群が大きく伸ばされることになるため,本来は蹴りだし(立脚後期)の際に伸びるべき時に伸びることができず,結果として屈曲を保つ,という仮説です。

この仮説の正しさを検証するために,コンピュータシミュレーションを利用しました。まず,二次元的な筋骨格モデルに基づき,ニホンザルの歩行のシミュレーションができるようにします。次に,股関節の筋群に相当する要素について,可動域制限を緩和するようにパラメータ変更をしました。その結果,その歩容がヒト的な歩容に変更することがわかりました。こうした結果は,荻原氏の仮説を支持します。

荻原氏の一連の研究は,研究対象の貴重さもさることながら,シミュレーションを用いて仮説の妥当性を検証できるという点で,きわめて優れた特性を持っています。自身の研究を見つめなおすうえでも,大変参考になりました。

余談ですが…

この総説論文が掲載されている雑誌に,樋口研究室の研究室紹介が掲載されています。合わせてご覧いただけるならば,望外の喜びです。




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