セラピストにむけた情報発信



立位姿勢制御と認知・感情情報処理:Stiffnessとの関係から
(Stins et al. 2011)
 




2014年5月19日

本日ご紹介する論文は,デュアルタスク条件下によって立位姿勢に注意が向かない場合と,高所での立位姿勢により不安が喚起されている場合の2つの状況を比較し,その制御の共通性や違いについて報告した論文です.

Stins JF et al. To freeze or not to freeze? Affective and cognitive perturbations have markedly different effects on postural control. Hum Mov Sci 30, 190-202, 2011


この2つの条件を比較するのには,それなりの理由があります.両者は“姿勢制御と注意・意識”という意味では,逆の状況を作り出すことが予想されています.にもかかわらず,類似した重心動揺量の特性を示すという矛盾した状況が,先行研究の中で報告されているのです.



まずはこうした先行研究の情報を整理しておきたいと思います.

デュアルタスク条件下では,立位姿勢の制御に注意の資源を利用することが困難です.一部の研究によれば,実はこうした状況こそ“理想的な制御の状態”であり,立位姿勢を本来あるべき自動的制御の状態に保てる,と考えます.実際,デュアルタスク条件下では,重心動揺量が減少することが指摘されています.

一方,高所で不安状況を作って姿勢制御を行った場合でも,やはり重心動揺量が減少することが指摘されています.しかし,デュアルタスク条件下とは逆に,不安な状況では姿勢により多くの注意を払い,バランスを崩さないように意識的な管理をしようとするのではないかと考えられています.


この様に,姿勢制御に対する意識・注意の関与が全く逆方向であることを想定するにもかかわらず,姿勢動揺量が同じ類似した傾向を示すというのが,今回紹介する論文で問題にしていることです.

この問題に対する考え方として,著者のStins氏らは,姿勢動揺量という伝統的な測定方法では捉えきれない側面に,注意の関与の問題が垣間見えるのではないかと考えました.具体的には,姿勢動揺量のよりダイナミックな特性である,エントロピーや再帰性という側面を検討しました.これらの指標は,立位姿勢制御の習熟や障害を表現しうる指標として,近年注目されています.

実験では,デュアルタスク条件(計算課題,もしくはトレイに乗せた水をこぼさないという,2種類の二次課題のそれぞれを検討),および1mの高さでの姿勢制御実験を行いました.そした

その結果,不安が喚起される高所条件では,エントロピーが減少することがわかりました.これは,姿勢動揺量の規則性が高まったことを意味します.「規則性が高まった」というと,ポジティブに聞こえるかもしれません.しかし姿勢動揺の文脈では,「状況に応じた柔軟な微調整が必ずしも生じていないこと」と解釈され,むしろネガティブに評価される場合があります.

さらに,下肢の筋活動と前後方向の姿勢動揺量の時系列分析(相互相関)を行った結果,姿勢制御がより予期的に制御されている特性を示していることもわかりました.これらの特徴は,デュアルタスク状況下では見られなかったことです.

以上のことから,立位姿勢制御と注意・意識の関係性については,姿勢動揺のダイナミックな特性に着目することで,ある程度記述可能であることが示されました.

残念ながらこの研究では,先行研究で確認されていることの全てが再現できておらず,過去の問題の全てをクリアーに説明できるというわけではありません.ただ,伝統的な測定指標以外の指標にスポットライトを当てるという点で,意義深い研究であると思います.


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