セラピストにむけた情報発信




視覚なしでの隙間通過歩行:反響定位装置の有効性(Kolarik et al. 2014)
 




2014年4月14日

本日ご紹介する論文は,隙間通過行動に関する研究です.

Kolarik AJ et al Sensory substitution information informs locomotor adjustments
when walking through apertures. Exp Brain Res 232, 975–984, 2014

隙間通過行動は私たちの研究室におけるメイントピックですが,この論文では視覚情報の代わりに,空間情報を提供するための反響定位装置(echolocation device)を使っても,隙間通過行動が可能なのかについて,検討しています.イギリスのグループによる発表です.

実験対象者は10人の健常成人でした.反響定位装置として2種類の装置を使いました.(K-Sonar,,Miniguide).いずれも音響効果(超音波のはね返り)から対象物との距離を算出し,音声でその距離情報を知らせるという意味で共通しています.

参加者は,2つの装置をそれぞれ装着した場合,および通常の視覚環境の下で,4種類の隙間の幅(身体幅を1とした時,1.0,1.18,1.35,1.7)を接触しないように通過しました.

歩行開始位置が隙間のたった1.5m手前でしたので,隙間の中心に向かってまっすぐ歩くということ自体は,問題なく遂行できる課題でした.つまり,この実験で検討したかったのは,音響情報だけで隙間の幅を正確に知覚し,隙間幅に応じた適切な回避行動をとることができるのか,ということでした.

実験の結果,視覚の代わりに反響定位装置を使っても,接触が激増するということはなく,概ね安全に隙間を通過できることがわかりました.また,通過速度が落ちたり,隙間通過時の体幹回旋角度が大きくなったりするといった方略の変化はあるものの,隙間幅に応じた行動の調整ができることがわかりました.

これらの結果から,私たちはたとえ視覚情報が利用できなくても, 代替の感覚情報を用いて隙間幅さえ知覚できれば,おおむね適切な行動が選択できるといえます.


実は,私はこの論文の査読者の一人でした.

この論文が発表された雑誌「Experimental Brain Research」に限らず,一般的な雑誌では,査読者は匿名で非公開となります.しかし,もし査読者が何らかの理由で自分の名前を公表したい場合には,“Signed review”として,名前を記すことができます.私の場合,自分の研究領域に非常に近い研究であり,なおかつ論文の質が非常に高かった場合,敬意を表する意味で,氏名を公開することがあります.

この論文はイントロの論理立てが美しく,また先行知見を網羅的に示してくれています.関連情報に興味がある読者には有益な論文です.

(メインページへ戻る)