セラピストにむけた情報発信



歩行中の移動距離知覚:四肢の役割(Harrison et al. 2013)

 


2014年2月24日

歩行における下肢の動きは,移動の推進力を得るためにあります.それと同時に下肢の動きは,自分がどの程度移動したのかという距離知覚にも利用されています.

今回ご紹介する研究では,歩行中の移動距離知覚のために,確かに四肢の動きの情報が利用されていることを示した研究です.

Harrison SJ et al. Flexible kinesthetic distance perception: when do your arms tell you how far you have walked? J Mot Behav 45, 239-246, 2013.

論文タイトルからもわかるように,この研究で著者らは下肢ではなく,上肢の動きに着目しました.これには理由があります.

著者らが先行研究に基づいて立てた仮説は,「四肢の動きが移動距離知覚に利用されるのは,四肢が推進力として機能している場合のみである」というものでした.この仮説を証明するためには,四肢が推進力として機能している場合と機能していない場合の2条件を設定しなくてはなりません.歩行の文脈では下肢が常に推進の担い手ですので,下肢の動きでこの2条件を設定するのは困難です.そこで著者らは上肢の動きで条件設定をすることにしたのです.

山登りをする際にストックを使うことがあります.この場合,ストックを使う上肢は,下肢と同様に推進の担い手となります.この性質を利用して著者らは,通常の歩行時とストックをつきながら歩行をする時を比べた場合,ストックを使った場合にのみ,上肢の動きが距離知覚に影響していることを証明することにしました.

実験課題は,目隠しして歩いた距離を,方向転換して同じだけ戻るというものでした.これまでの先行知見から,往路の移動様式と復路の移動様式が似ているほど,移動距離知覚は正確であることがわかっています.往路が歩行であったのに復路を走行にすると,距離知覚は不正確になります.

この実験課題の性質を利用して,著者らは往路と復路で上肢の動かし方を変えた場合の距離知覚の精度を測定しました.

実験結果の要点は以下の通りでした.
  • 歩行の場合,往路と復路で上肢の動かし方が変わっても,距離知覚は正確であった.つまり上肢の動きが推進を担っていない場合,上肢の動かし方が変わっても,それは移動様式の違いにはならず,距離知覚も変わらない.
  • ストックを使った歩行の場合,往路と復路で上肢の動かし方が変わると,距離知覚が不正確になった.
  • たとえストックを持ったとしても,推進のために利用しなかった場合(つまり床にストックをつかなかった場合),通常の歩行時と同様,往路と復路で上肢の動かし方が変わっても,距離知覚は正確であった.

これら3つの結果は,著者ら立てた仮説,すなわち「四肢の動きが移動距離知覚に利用されるのは,四肢が推進力として機能している場合のみである」と綺麗に一致します.

この結果から,私たちの脳は移動(Locomotion)のために四肢の動きを制御すると同時に,四肢が実際にどのように動いたかをフィードバック情報として受け取り,状況把握しているという実態が浮かび上がります.正しく運動を遂行するためには,単に正確に動くだけでなく,どのように動かしたかを正確に感じることの重要性を示しているように思います.


(メインページへ戻る)