セラピストにむけた情報発信



脳卒中患者における歩行中の方向転換動作:視線・頭部・体幹の協調
Lamontagne et al. 2009




2012年6月11日

歩行中に進行方向を変える際には,視線⇒頭部⇒体幹の順に進行方向に対する動きが開始されることで,滑らかな方向転換が実現されることがわかっています.こうした事実は,スノーボードやスキーのターンにおいて,ターンに先駆けて視線をターン方向に先行させることが重要であることからも納得できます.

本日ご紹介する論文は,脳卒中片麻痺患者において,この方向転換動作における視線・頭部・体幹の協調関係が崩れていることを報告した論文です.論文の存在自体は既にこのコーナーで紹介していますが,今回はその内容について詳しく紹介します.

Lamontagne A et al. Gaze and postural reorientation in the control of locomotor steering after stroke. Neurorehabil Neural Repair 23, 256-266, 2009

実験には8名の脳卒中片麻痺患者(平均65±7歳)と,7名の健常高齢者(コントロール,平均62±4歳)が参加しました.患者のうち3名は実験中も杖と装具を使用して歩行しました. 10m以上の自立歩行ができ,なおかつ快適な歩行速度が1m/s“以下”であることが参加基準でした.速度の基準については,本研究の目的の1つが,「肩麻痺患者に予想される視線・頭部・体幹の協調関係の崩れは,歩行速度の遅さに依存するか」を検討するために設定されました.

実験課題は,直線歩行中に右または左の方向指示のサインが出たら,その方向に進路を変更するというものでした.片麻痺患者は自身の快適なスピードで課題を行いました.一方,コントロールの健常高齢者は,自身の快適なスピード条件のほかに,片麻痺患者のスピードに合わせた条件(すなわち低速度条件)でこの課題を行いました.

方向転換時の視線,頭部,胸部,骨盤の動きを見たところ,コントロール群では方向転換に先駆けて視線⇒頭部⇒胸部の順に動きが始まり,左右いずれかの進路に進入した直後に骨盤が動くという秩序ある関係が見て取れました.

これに対し片麻痺患者の場合,視線や頭部の先行動作は見られませんでした.全体的にみると,視線,頭部,体幹が同じタイミングで動いてしまう(すなわち,視線や頭部の自由度が拘束され,独立的に動かすことができない)という印象を受けます.

特に,歩行速度が遅い患者が健側方向に方向転換をする場合,一切の先行動作が見られず,骨盤の回旋が起こった後で視線と頭部の回旋動作が起こりました.なおコントロールの参加者が歩行速度を遅くして歩いた場合にはこうした現象は見られないことから,単に速度の遅さだけがこうした現象を作るのではなく,片麻痺患者の持つ何らかの障害が原因となっていることを示しています.

以上の結果から,脳卒中片麻痺患者においては,この方向転換動作における視線・頭部・体幹の協調関係が崩れており,これが滑らかな方向転換動作実現の妨げとなっている可能性があると考えられます.歩行のリハビリテーションにおいてで,視線・頭部・体幹の協調関係を引き出すような介入も検討する必要があるのかもしれません.

なお,著者自身がこの研究をおこなう契機となったケースリポートもありますので,ご関心のある方は合わせてご参照ください(Lamontagne A et al. Stroke affects the coordination of gaze and posture during preplanned turns while walking. Neurorehabil Neural Repair 21 62-67, 2007).


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