セラピストにむけた情報発信



下肢切断患者のメンタルローテーション:Curtze et al. 2010




2010年12月6日

本研究室では,博士後期1年の川崎翼君が,メンタルローテーションの臨床応用を目指して研究をおこなっています.本日ご紹介するのは,川崎君から紹介してもらった,下肢切断患者のメンタルローテーション能力に関する論文です.

Curtze C et al. Effects of lower limb amputation on the mental rotation of feet. Exp Brain Res 201, 527-534

メンタルローテーションとは,倒立画像を心的に回転する活動を指します.一般に手や足などの身体画像を対象とした場合,呈示された画像が左右いずれの手または足かをできるだけ早く判断させるような課題をおこないます.

身体画像を対象とした数多くの先行知見から,①回転角度が大きいほど判断に時間がかかること,そして②腕や肩の痛みなど,身体機能に問題があると,その身体部位の画像の回転が遅くなることがわかっています.これらの結果から,身体画像のメンタルローテーションの遂行には,脳内の身体図式(すなわち,自分の身体の状況をリアルタイムで表現している脳内表象)が関与していると考えられています.

四肢切断患者のメンタルローテーション課題については,既に上肢に関する先行知見があり(Nico et al. 2004, Brain),健側に比べて切断した側の刺激のメンタルローテーションの反応時間が遅延することを確認しています.

今回ご紹介する論文の成果は,下肢切断患者を対象としたことの新規性よりも,メンタルローテーションの遂行に必ずしも身体図式が利用されないかもしれない,という話題を提供した点にあります.

実験の対象者は,下肢切断患者18名,そして,Rotationplastyという特殊な切断手術の経験者1名でした.Rotationplastyの参加者は,膝関節周囲が切断され,大腿部と膝下の部位が接合されます.ここでは,足関節が膝の役割を果たすように接合される結果,足部が通常とは180度反対方向を向いています

もし足刺激に対するメンタルローテーションに対して,自分の身体の状況をリアルタイムで表現する身体図式が利用されるならば,Rotationplastyの患者の反応時間は,健常者の反応が最も遅延する180度回転で,最も早くなるはずです.

実験の結果,下肢切断患者は切断した側の刺激に対しても健側と同程度の早さで呈示刺激の左右を回答することができました.この結果は,類似目的の先行研究とは明らかに異なっています.またRotationplastyの患者の成績は,下肢切断患者は切断患者の成績と類似していました.この結果も,身体図式に基づく結果の予測と逆の結果でありました.

著者らはこの結果に基づき,メンタルローテーション課題を遂行する際にはこれまで指摘されている身体図式の利用だけでなく,「身体のプロトタイプ」,すなわち身体に関する一般知識を利用することもできるのかもしれない,と主張しました.

過去のメンタルローテーション研究により,自らの身体姿勢と一致する角度で呈示された刺激に対しては,反応が速くなることがわかっています.Rotationplastyの患者の成績は,見かけ上,こうした知識とは異なっており,確かに身体図式以外の情報が利用されているのかもしれません.ただしRotationplasty患者の場合,足関節が膝の役割を示しているように,実質的な身体機能としては足部が逆向きについていることが相殺されているため,身体図式においても足部が逆向きであるとは表象されていないかもしれません.こうした議論は,今後これに続く実験によりさらに議論されることと思います.


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