セラピストにむけた情報発信



学会報告:スポーツ心理学会 vol.2
-運動学習理論の実践応用




2010年11月29日

前回に引き続き,スポーツ心理学会の報告です.今回は,運動学習理論の実践応用に関する,外国人特別講演の紹介です.

オーストラリアのDamian Fallow氏が「Applied sports skill acquisition: progression and challenges in Australia」というタイトルで講演を行いました

Fallow氏は,日本でいえば国立スポーツ科学センターにあたるAustralian Institute of Sportに所属しています.スポーツ選手の知覚・認知スキルに着目した研究を行いながら,それをスポーツ選手のパフォーマンス向上に実践応用させることについて,尽力されています.

運動学習の基礎研究では,一見したところ効果的とは思えない練習方法がスキル保持に有効という報告があります.

例えば,ある運動スキルを習得するには,それを集中的に学習するよりも(ブロック学習),複数のスキルをランダムな順序で練習させるランダム学習のほうが,スキルの保持が良いといわれています.また,練習の際に自分の動作に注意を向けることができないようにしたほうが(潜在学習),動作について頭で考えながら練習するよりも(顕在学習)スキル保持に有効とも言われています.

こうした非直感的な練習方法は,学習理論としては納得できるとしても,果たして選手やコーチたちは簡単に受け入れるのでしょうか?

この点について,潜在学習の実践応用に絞ってFallow氏に聞いてみたところ,かなり神経を使って実践応用を行っているという印象を受けました.

潜在学習はその特性上,顕在学習よりもスキルの習得に時間がかかってしまうというデメリットがあります.従って,一般の選手に導入する場合には,プレッシャーに弱い選手に段階的に導入するといった工夫をしているそうです(潜在学習で身に付けたスキルは,プレッシャー時のパフォーマンス低下が起きにくいといわれています).

また子供は本来顕在的にスキルを学習しているわけではないので,子供には潜在学習を導入しやすいとも説明していました.

理論的な観点からいえば非常に有用と思える知覚・認知的な介入方法も,実際にリハビリテーションに応用しようとすると,患者さんがその意義を理解しにくく,導入が容易ではないということがあるように思います.

身体イメージ,あるいは身体刺激のメンタルローテーションの臨床応用は,その代表例かもしれません.研究者はこうした実践応用の問題を配慮することに慣れていない場合が多いのですが,スポーツ科学・リハビリテーション科学のように実践応用が期待される領域においては,こうした問題も十分に考えながらメッセージを発信しないと,現場の人との有益な交流がスムーズにはいかないということを再認識しました.


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