セラピストにむけた情報発信



歩行時に見られる左無視症状:小児患者のケーススタディ
Grossi et al. 2001



2010年11月2日

ここ最近,このコーナーでは半側空間無視に関連する論文の紹介が多くなっています.これは複数の大学院生がこの問題に関わっており,興味深い論文を紹介してくれることに起因しています.研究の遂行において院生の存在はなくてはならないことが,こうした点からもわかります.

本日ご紹介する論文はやや古い論文ですが,小児患者を対象として半側空間無視の問題を扱っていることが特徴です.紙上のテストでは無視症状が見られないのに,歩行時には左側の障害物への接触が見られるというのが,重要な結果です.

Grossi D et al. On selective left neglect during walking in a child. Brain Cogn 47, 539-544, 2001.

対象は8歳の男児(PV)でした.交通事故による右頭頂葉-後頭葉の損傷により,半身麻痺,半側視野欠損といった症状が見られました.知能については,空間的な短期記憶にやや問題があったものの,全般的には大きな問題がありませんでした.また,紙上で行う半側空間無視のテスト(line cancellation, letter cancellation)では,左空間の無視は認められませんでした.

しかしながら歩行中には,左空間にある物体をあたかも無視して歩いているような症状が認められました.

著者らは歩行時のテストとして,60平米の部屋に20mに渡る歩行通路を作り,その左右にプラスチック製のターゲットを30個,通路上に左右ランダムな位置に設置しました.対象男児の課題は,このターゲットを1つ残らず足で蹴って歩くことでした(kicking test).対象男児はこのkicking testを全6試行おこないました.

その結果,いずれの試行においても,右側のターゲットをほぼ全て見つけて蹴ることができましたが,左側のターゲットについては,半分以下のターゲットしか見つけることができませんでした.

著者らはこのような結果に基づき,歩行時の空間表象は,紙上の検査遂行に必要な近位空間の表象と違って,遠位空間のダイナミックなマップが必要(時々刻々と変化するマップという意味)であり,対象男児はこのレベルで問題があったのだろうと推察しました.

小児患者を対象とした無視症状のケーススタディ,特に歩行時にのみ特異的に見られる無視症状の研究はとても珍しく,小児患者を扱うセラピストの方々には,方法論も含めて参考になる論文と思われます.この研究で用いたkicking testはゲーム性が高いため,小児患者のモチベーションを持続しながら検査をするという意味で,臨床へ導入しやすい課題と思われます.


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