セラピストにむけた情報発信



半測空間無視患者の車いす移動:隙間通過に学ぶ空間認知特性
Punt et al. 2008




2010年10月8日

私たちの研究室では、本年度初めて作業療法士の大学院生を迎えることができました。横浜新緑総合病院の大平雅弘君です。大平君は、半測空間無視患者の空間移動について問題意識を持ち、研究をしています。大平君の履歴については、研究室スタッフページをご覧ください。



本日は、大平君に紹介してもらった関連論文の紹介です。少なくとも、私たちの研究室にとっては非常に重要な位置づけを持つ論文です。

Punt TD et al. From both sides now: crossover effects influence navigation in patients with unilateral neglect J Neurol Neurosurg Psychiatry 79; 464-466, 2008

この論文は、半測空間無視患者の車いす患者が、サイズの異なる隙間を通過したときの特徴(すなわち、移動特性が隙間のサイズによって変わるのか)を検討することが目的です。

著者たちがこのような研究をする背景には、半測空間無視患者が線分二等分課題(line bisection task)をおこなった場合、提示される線分の長さによって患者の反応が変わるという先行知見があります。

具体的には、大脳の右半球損傷により左空間を無視する患者の場合、一定以上の長さの平行線を二等分させると、その二等分線は右側に寄ります。これは左空間が無視されることで、主観的な中心が相対的に右側によってしまうためと考えられています。ところが、呈示される線分が非常に短い場合、主観的中心の右側偏向が消失し、極端な場合には、逆に左側に偏向する場合もあるそうです。

こうした現象はクロスオーバー現象(crossover effects)と呼ばれています。

著者たちがこの先行知見に基づいて検証したかったのは、クロスオーバー現象が線分二等分課題だけでなく、電動車いすを用いた移動行動においても観察されるのか、ということです。

7名の左半測空間無視患者を対象として実験がなされました。主たる実験に先立ち、左右に障害物を設置した通路を通過してもらい、左接触が有意に頻度が高くなることを確認しています。

主たる実験では、車幅59cmの電動車いすに乗ってもらい、3種類のサイズの隙間(65cm,110cm,155cm)のできるだけ中心を通過してもらいました。

三次元動作解析にもとづいた分析の結果、隙間通過時の車いす移動においても,クロスオーバーを確認することができました。すなわち、隙間が狭くなるほど、中心の右側を通過する傾向があった患者が、中心の左側を通過する傾向がみられました。

実は私たちにとっては、この先の分析に重要な発見がありました。

患者たちは、隙間のサイズに関わらず、隙間を形成する右側の障害物と一定の距離を保って通過しようとしていることがわかりました。すなわち、患者が注意を向けることのできる右空間での衝突を避けようとする行動をとることから、狭い空間の場合、左側に向かう行動となり、結果としてクロスオーバー現象が起きる、というものです。

空間の左右一方に対する注意が移動行動に影響を与えることは,健常者においても起こりうることです.これは,本学大学院生の藤懸大也君が最近発見しました.藤懸君はこうした健常者の特徴をベースに,移動行動中の空間認知について様々な実験を精力的におこなってくれています.

また別の発見として、隙間通過課題においてクロスオーバー現象がみられた患者が、必ずしも線分二等分課題では無視症状そのものがみられない場合があることもわかりました。

こうした課題間の結果の違いこそ、大平君が現在研究しようとしているテーマであります。おそらく臨床経験として同一の実感をもたれている人も少なくないと思いますので、2年間の中で何らかの成果が出るように、サポートしていきたいと考えています。



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