セラピストにむけた情報発信



半側空間無視患者における主観的な正中方向の偏位:姿勢の影響
(Saj et al. 2010)




2010年10月1日

自分の身体の正中方向(すなわち,正中面上における身体の中心)に対する主観的感覚を,英語ではsubjective straight aheadといいます.

健常者にとっては,身体の中心位置を同定することは,決して難しい課題ではありません(厳密な意味での正確性については,健常者でも100%正確というわけではありません).これに対して,大脳右半球損傷により左空間に半側空間無視の症状を呈している患者の場合,主観的な正中方向が,損傷側(すなわち右側)に偏位することが指摘されています.

今回ご紹介する論文は,半側空間無視患者における主観的な正中方向の偏位が,仰向け(仰臥位)の場合に劇的に改善することを示した論文です.

Saj A et al. Reducing rightward bias of subjective straight ahead in neglect patients by changes in body orientation.J Neurosurg Psychiatry 79, 991-996,2010

参加者は大脳右半球損傷患者21名であり,そのうち12名が顕著な無視症状を呈しました.

参加者の課題は,暗室下で左右にスライドする円盤状の道具の位置を動かし,主観的な正中方向の位置(左右方向のずれを測定;translation)と向き(円盤の回転角度によりずれを測定;rotation)で示すことでした.

その結果,無視症状が顕著な患者が,”座位条件”でこの課題を実施した場合,これまでの知見と同様,正中方向の位置(translation)が損傷側に偏位していました.ところが”仰臥位条件”の場合,この傾向が軽減され,無視のない右半球損傷患者と同程度のレベルになることがわかりました.なお,回転方向(rotation)については,無視症状の有無による違いは見られませんでした.

以上の結果,半側空間無視患者にみられる主観的な正中方向の偏位は,仰臥位の姿勢時に改善することを示しています.

仰臥位の際に半側空間無視患者の主観的判断の歪みが改善されるという現象は,主観的な上下方向(subjective vertical)の感覚においても確認されているそうです.

著者らは,こうした現象の背景にある要因として,仰臥位の際に前庭から脊柱に至る入力情報が減衰することや,それに伴って脊髄の興奮性が低下することがあるのではないかと考えています.

身体姿勢に依存して,患者が持つ主観的な身体感覚の歪みが変わるという現象それ自体,身体に対する主観と客観のずれの現象について興味深い情報を提供しているように思います.

リハビリテーションの観点からいえば,主観的身体感覚の歪みの少ない仰臥位の姿勢を取りながら,空間と身体のインタラクションに対して学習していくことが,座位や立位姿勢時の行動に良い波及効果を促すのか,といった話題を提供してくれる知見であります.


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