セラピストにむけた情報発信



アメフト選手に学ぶ,実環境における運動評価の重要性
(Higuchi et al. 2011)




2010年9月10日

前回,千里リハビリテーション病院・副院長の吉尾雅春先生が御講演にて話された内容として,「実際に近い環境で毎日運動を繰り返すことが,運動学習に重要である」という内容についてご紹介しました.

私自身がアメフト選手を対象にしておこなった研究成果は,こうした考えを後押しするものです.

Higuchi T. et al. Athletic experience influences shoulder rotations when running through apertures.Hum Mov Sci, 30, 534-549, 2011.

この研究で注目したのは,アメフト選手が密集を突破する際の,衝突回避行動の効率性です.

アメフト選手は試合中,幅広のショルダーパッドを身につけます.選手のうち,ランニングを得意とするポジションの選手は,味方と敵が入り混じった空間の中で,突破できるスペースを見つけて,突破を試みます.

通常こうした場面では,思い切った衝突により走り抜けるスペースをこじ開けて,密集を突破します.しかし,できるだけスピードを殺さずに密集を突破するために,的との衝突を巧みに回避して,密集をすり抜けることもあります.特に小柄な選手の場合は,こうした衝突回避の方略についてもすぐれた記述を持っていると推察されます.

そこで研究では,アメフト選手がショルダーパットを付けた状況で,“いかに効率よく”衝突を回避できるのかを測定しました.

練習用の人型バルーン2体で隙間を作り,①走り抜けてもらう課題,②歩いて通り抜けてもらう課題を行いました.衝突回避の効率性を,「肩を回旋する角度の小ささ」として評価しました.肩を大きく回旋するほど,ぶつかる確率が低くなりますが,その分だけ走行スピードも低下するため,選手としては好ましい方略ではありません.よって効率的な方略の指標として,肩回旋角度の小ささに注目しました.またこれとは別に,③ショルダーパッドがどの程度の幅なのかを,バルーンの間の隙間で表現してもらうという課題を行いました.

この課題の成績を,ラグビー選手(密集突破には慣れているが,ショルダーパッド装着の経験がない),密集突破の状況がないスポーツ種目の選手(コントロール:手など)と比較しました.

その結果,スペースを走り抜ける条件では,アメフト選手の肩回旋角度はコントロール群の選手に比べて有意に小さく,効率性が高いことがわかりました.

ところが,歩いて通り抜ける場面では,こうした群間の違いは確認できませんでした.さらに,ショルダーパッドの幅を判断してもらう課題でも,選手の判断は全く正確ではありませんでした.

以上の結果から,アメフト選手の優れた特性,間隙を走って通過する場合にのみ確認されることがわかります.この結果は,選手の特性を理解するには,選手が実際に密集突破を繰り返している場面でのみ,顕在化されることを示唆しています.

こうした示唆は,リハビリテーションにも当てはまるものと考えています.

すなわち,対象となる患者さんや高齢者の方々が,実環境において安全に生活ができるかどうかを正しく評価するためには,実環境に近い場面での評価が不可欠のように思います.こうした私たちの考えを後押しする臨床上のデータが得られるよう,今後も努力していきたいと考えています.



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