セラピストにむけた情報発信



報告:オープンユニバーシティ知覚認知講座<発展偏>




2010年8月31日

8月29日(日)に山田実氏(京都大学医学研究科・助手)をお招きして,首都大学東京オープンユニバーシティ講座「知覚認知とリハビリテーション<発展偏>」を開講いたしました.

講座のテーマは「歩行の転倒予防」でありました.当日は午前中の講座を樋口が担当し,午後の講座では山田氏が担当いたしました.以下では山田氏の発表内容の一部をご紹介します.

山田氏が発表された一連の研究において共通するキーワードは,「デュアルタスク(あるいはマルチタスク)」でした.

山田氏は歩行中の実環境を「様々な情報を一度に処理することが求められる環境」と位置づけ,その中で転倒が起きないように歩行をコントロールしていくことが,加齢によって低下していく重大な問題と考えています.

歩行中の転倒事故に関する一般的な調査研究をみると,その多くが屋内で起きています.またその発生場所をみると,階段や滑りやすい浴室のように,誰もが危険と感じるような場所ではなく,寝室,居室,台所のように,日常で最もアクティブに,頻繁に利用する場所で転んでいることが分かります.

山田氏はこの原因を,「マルチタスク」というキーワードに基づき解釈しています.すなわち,「居室や台所では,空間を移動する以外にも,テレビの映像や音,机や台の上に置いてある様々なモノなど,注意を向けるべき対象物がたくさんある.このような状況で歩行に注意がむけられないことこそ,転倒の主たる原因である」という,歩行に対する認知的情報処理の問題に着目すべきだという主張です.

山田氏はこのような主張に基づく実にさまざまな研究を行い,その妥当性を示すデータを見せてくださいました.

例えば,ステップ運動などの運動トレーニングをしている最中にも,「野菜の名前をできるだけたくさん思い出して口に出す」といったデュアルタスク状況下でトレーニングをしたり,ステップすべき方向を口頭指示する際に,「右と言われたら左にステップする」といった認知的負荷を与えるトレーニングしたりすると,デュアルタスク条件下の歩行能力が上がるだけでなく,トレーニング後の転倒発生率を低下させることができた,ということが報告されました.

山田氏の報告で非常に印象深かったのは,実践還元を意図した研究を行うことに対する強いこだわりです.

たとえば,前述のような研究成果を根拠として,高齢者に運動指導をおこなおうとしても,もしその運動トレーニングが高齢者にとって“楽しい”ものでなければ,対象となる高齢者が継続して運動をおこなってくれず,結局は転倒予防につながる効果が期待できません.

実は山田氏が研究対象とした運動トレーニングの多くは,「高齢者が座位で楽しくできる運動はないのか」といった高齢者や在宅看護の専門家の声に基づいて考案されており,こうした“楽しさ”の部分が初めからクリアーされているという強みがあります.いずれの課題も非常にエンターテイメント性が強く,当日発表中にその課題を体験した私たちも,一体感を持って楽しむことができました.

山田氏の考案されたトレーニングにはもちろん,運動・認知的側面を鍛える様々な要素が効果があるのでしょう.しかしそれだけでなく,が,参加者の高いモチベーションを継続させるという心理的要因も,少なからずこの効果に寄与しているのだろうと,ご発表を聞きながら強く感じました.

山田氏の研究は理学療法・研究科学領域からの受賞も多く,また実践的な活動に対しても高い評価を得ています.今回の発表内容を聞いて,そうした評価が得られる理由が良く分かりました.

山田氏とは複数の研究を通して継続して交流しておりますが,発表を聞いて,自らの研究をもっとしっかりやらねばという強い刺激をいただきました.



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