セラピストにむけた情報発信



脳性まひ児の上肢動作:視線,頭部,体幹との協調性
(Saavedra et al. 2009)




2010年8月14日

本日ご紹介するのは,脳性まひ児の上肢動作の問題について,視線,頭部,体幹との協調性の観点から研究をしている論文の紹介です.

Saavedra et al. Eye hand coordination in children with cerebral palsy. Exp Brain Res 192, 155-165

研究対象となった脳性まひ児10名は,年齢の幅が6-16歳と広く,運動疾患も片麻痺,両麻痺,運動失調(ataxia)と様々です.従って,特定の疾患等に特有な現象を厳密に検証するというよりは,様々なバリエーションを持つ症例の共通項がないかを探る,といったスタンスの研究です.同年齢の健常児との比較による検証がなされました.

実験課題は,パソコン上で周辺視野に提示された刺激に対して手を伸ばす課題でした.比較課題として,視線だけを向けたり,逆に視線を動かさずに手を伸ばしたりする課題をおこない,その成績を比較することで,上肢動作が視線や頭部の動きと協調的に動いているかを確かめました.

さらに,課題遂行中の姿勢を安定させるために腰回りの安定性を高めたり,体幹をまっすぐに保持するサポートをおこなうことの影響を検討しました.脳性まひ児の場合,体幹姿勢の保持が困難な場合が多いため,こうしたサポートによって体幹保持の負担が減れば,上肢動作のコントロールの精度が増すだろうと期待されました.

実験の結果,脳性まひ児の上肢動作は,健常児と比べて低速で,効率性に乏しいことを確認しました.視線の動きそれ自体は,早さ,正確性ともに特に問題が見られませんでした.ただし,視線を動かしてはいけない条件で視線を動かさずにいられることができませんでした.これは健常児でも4-6歳程度の対象者で見られた現象ですが,脳性まひ児の場合,年齢の高い対象者でも見られました.従って,目と手を独立に動かすことが難しいというのが,今回対象となった脳性まひ児の特徴の1つといえます.

姿勢サポートについては,確かに上肢動作の精度を高める効果が見られましたが,この効果は4-6歳の健常児に対しても見られたことから,年齢に関わる効果であって,脳性まひ特有の効果ではないという解釈がなされました.

脳性まひ児が全身を協調的に動かすのが苦手なこと,特に様々な部位を独立的にコントロールすることが苦手なことは,比較的良く知られたことと思いますので,ここで報告されたことそれ自体は,必ずしも新規性が高いとは言えません.

ただし,この研究で用いられたパラダイムは,上肢,視線,頭部の協調性を測定するのには大変良いシステムであり,方法論としては参考になると思います.

先日ある施設にて,脳性まひ児の視線行動を測定する機会に恵まれました.1例のみの観察でありましたが,研究論文を通して知ることの出来ない様々なことを学び,とても良い勉強になりました.そこで観察した視線の特徴は,本日ご紹介した論文とも少し異なっているように思いますので,こうした測定を地道に繰り返して,近いうちにその成果を伝えることができればと考えています.


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