セラピストにむけた情報発信



即時的な障害物の迂回:高齢者と若齢者の違い
(Paquette et al. 2010)




2010年8月9日

歩行中に不意のタイミングで眼の前に水たまりや障害物を見つけて,慌てて避けることがあります.今回ご紹介する論文は,衝突目前で発見した障害物を迂回して避ける場面を実験室的に再現し,高齢者と若齢者の違いを記述した研究の紹介です.

Paquette MR et al. Age-related kinematic changes in late visual-cueing during obstacle circumvention. Exp Brain Res 203, 563-574.

この研究結果をご紹介する前に,現在まで分かっている成果について簡単に触れたいと思います.

一般に,障害物回避を目的とした進路変更に関する研究では,①方向転換をする前にある程度の距離を直線歩行すること,また②歩行者は方向転換後の進路が事前に分かっていること,という条件下で実験をします.

このような状況では,視線⇒頭部⇒体幹の順番で目的の方向への回旋(yaw方向の回旋)がおき,下肢の移動をサポートすることが分かっています.視線を先導役として,体幹や下肢のスムーズな運動が引き出されているイメージです.

これに対して,今回の研究対象のように「不意に歩行の進路を変更する」実験では,視線・頭部・体幹がほぼ同タイミングで目的方向へ回旋します.不意に進路を変えなくてはいけない場面では,すぐに進路を変えなくてはいけないため,たとえ運動の精度が落ちたとしても,体幹部を素早く進行方向へ移動させる必要があるのだと思われます.さらに,頭部と体幹を独立ではなく,1つのセグメントとしてコントロールすることで,運動の自由度を減らす効果もあるのだろうと期待されています.

今回ご紹介するPaquette et al.は,これまで未検討である高齢者を対象として,不意に歩行進路を変更する場面での行動が,若齢者とどのように異なるかを検討しました.

実験では,歩行を開始して1歩行周期(2歩)の間で,歩行開始直後に指定された方向に素早くする迂回する,という場面を設定しました.迂回行動中の全身の回旋動作の測定に加えて,アイマークレコーダを用いた視線行動分析を行いました.

実験の結果,若齢者の回旋行動については,先行知見とほぼ同様の結果が確認されました.これに対して高齢者は,①頭部の回旋は見られないこと,②体幹に股関節周りの外転の運動(roll方向の回旋)が見られることが分かりました.さらに視線については,若齢者は主として障害物や壁(進行方向)に視線が向けられていました.これに対し高齢者は地面に視線が向けられていることが分かりました.

これらを総合的に考察すると,若齢者は体幹と頭部を同時に回旋したうえで進行方向に対して直線的に視線を向け,障害物を迂回しているように推察できます.一方高齢者の場合,体幹の股関節周囲の外転力を使って迂回のための推進力を獲得しつつ,迂回後に足を着く周辺を視覚的にとらえて慎重に足を運ぶ,といった印象を持ちます.

こうした成果から,障害物回避場面における加齢的な動作変化を,視線移動も含めた全身の協調関係として捉えることの意義が明らかになるかもしれません.残念ながら現時点では,こうした高齢者の行動特徴と転倒との関連性は明らかではありません.今後の研究によりこうした関係性の理解が進むことが期待されます.

本論文は,理学療法士の倉松由子氏(東北大学医学研究科所属)にご紹介いただきました.ここに記して謝意を表します.



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