セラピストにむけた情報発信



手元にある道具の距離感覚:つかみやすさの影響
Linkenauger et al. 2009




2010年7月12日

かつて空間知覚といえば,眼から入った情報に基づく空間の再構成といった,純粋に知覚的な問題として扱われていました.しかし最近では,空間知覚には身体や行為の表象が深く関与しており,「手が届く空間」といった行為主体の空間知覚がなされると考えられています.

こうした考え方の先駆けは生態心理学です.しかし最近では,認知科学の領域でも「身体化された認知(Embodied Cognition)」という言葉が一般化していることから,行為主体の空間知覚については,もはや生態心理学と認知科学の垣根のない共通の話題といえます.

認知科学でこうした考え方を効果的に示してきた1人が,Virginia大学のDennis Proffit氏です.本日ご紹介する論文も,Proffit氏の研究室から出された研究報告です.

Linkenauger SA et al The effects of handedness and reachability on perceived distance.
J Exp Psychol: Hum Percept Perform 35, 1649-1660.

論文では机の上に置かれているハンマーの距離感覚について,6つの実験結果が報告されています.ちなみに心理学系の論文では,この論文のように多くの実験を論理的に積み重ねて1つの実験論文とするスタイルが非常にポピュラーです.

実験の結果,ハンマーがすぐにつかみやすい向きに置いてある場合に比べて,つかみにくい向きに置いてあるほうが,ハンマーの位置が遠くに感じることが示されました.すなわち,本来はハンマーの置いてある位置の知覚(行為者とハンマーとの距離感覚)とは関係ない,「つかみやすさ」という行為の情報が,距離感覚に影響を及ぼすことがわかります.

実験では予想外の結果として,こうした行為の影響が右利きの参加者にのみに顕著であり,左利きの人には見られなかったという結果が得られました.この結果に対する解釈は非常に困難ですが,著者らは「左利きの人はハンマーをつかむ動作について左右それぞれの手でつかむ行為表象を持っているため,左手でつかむ場合にはつかみにい位置が右手ではつかみやすいなど,つかみやすさの効果が相殺されるのではないか」と説明しています.

リハビリテーションの対象となる麻痺の患者や関節疾患の患者は,いずれも健常時と比べて動きが制約され,それに伴って脳内の行為表象も修正されるはずです.結果的に,行為表象を用いる空間知覚にも影響を及ぼすと予想されることから,こうした患者のリハビリテーションに当たっては,運動機能の回復だけにとどまらず,行為表象を利用した知覚認知機能の回復についても,合わせて検討していくべきなのだろうと考えられます.


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