セラピストにむけた情報発信



転倒リスクの高い高齢者は歩行中の側方への着地が苦手
Chapman et al. 2010




2010年6月30日

本日ご紹介するのは,転倒リスクの高い高齢者の歩行能力について,正確な着地を支える視覚運動制御の観点から記述した研究です.

Chapman GJ et al. Age-related differences in visual sampling requirements during adaptive locomotion. Exp Brain Res 201: 467-478, 2010

著者のChapman氏は,イギリスのMark Holland氏の指導のもと,一貫して高齢者の歩行中の視覚運動制御について検討をおこない,転倒に結びつく特性について明らかにしてきました.

今回の研究でもその流れの一つとして,歩行中に着地すべきターゲットが急に登場したり,進行方向に対してやや左右方向に出てきたりした場合の対応能力について検討しています.

彼らの実験上の‘武器’は,視線行動を測定するためのアイマークレコーダと,三次元動作解析装置です.両者を使って視線と下肢動作の時空間的な協調関係について様々な記述を試みています.

今回の研究では,着地すべきターゲットが歩行前には提示されず,歩行中の所定のタイミングで登場しました.著者らは,ターゲットに到達するギリギリのタイミングでターゲットが登場しても,高齢者は対応できるのか,またターゲットが進行方向に対して左右に提示されても,正確に着地できるかを測定しました.

その結果,転倒リスクの高い高齢者はターゲットに対して視線を向ける時間(サッカード)が遅いため,ギリギリのタイミングでターゲットが登場すると,着地の正確性が低くなりました.またターゲットが側方に提示された時には,左右方向の着地が顕著に乱れることがわかりました.これらの成果から,転倒リスクの高い高齢者は着地すべきターゲットに対する視覚的処理に時間がかかること,また側方に対する下肢動作を正確にコントロールできないことがわかります.

このような問題を考えると,例えば不意に歩行者が近づいてきたことに驚いて,接触を避けようとして側方へ移動する場面などでは,バランスを崩して転倒する危険性があると考えられます.

このような研究成果は,歩行中の転倒が単に歩行能力の低下だけで起こるのではなく,下肢動作を制御するために必要な視覚情報の処理や,視線と下肢動作の協調的関係といった視覚運動制御の問題によっても生じることを示しています.


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