セラピストにむけた情報発信



高齢者が抱える障害物のまたぎ動作の問題:レビュー(Galna et al. 2009)




2010年5月27日

歩行通路にある段差や障害物は,高齢者のつまずきや転倒の原因となることから,高齢者を対象としたまたぎ動作に関する研究は,非常にたくさんあります.

本日ご紹介するのは,こうした膨大な先行研究の中から複数の基準に沿って選りすぐった15の論文のレビューを通して,高齢者が抱える障害物のまたぎ動作時の問題を指摘した研究です.

Galna B et al. Obstacle crossing deficits in older adults: A systematic review.Gait Posture 30, 270–275; 2009.

ここでは主として,15の論文の選定基準に着目して論文の内容をご紹介します.

著者らは選定の第1段階の作業として,以下の3つのキーワードを含む論文を8つのデータベースの中から検索しました.そのキーワードは,①「歩行(walk, gait, locomotion, ambulation)」,「障害物(obstacle, obstruct)」,そして「回避(step, cross, negotiate, adapt, avoid)」でした.

こうして検索された727の論文を対象として,今回の目的に関連する論文を選び出す作業が行われました.

今回対象となった研究は,障害物のまたぎ動作(step over an obstacle)を対象とした研究のみとしました.そこで,それ以外の動作を対象とする研究(たとえば方向転換の研究などは全てスリップ時の姿勢修正の研究など)はこの段階で排除しました.またトレッドミルを対象とした研究も含めないこととし,参加者が歩行空間を移動する実験のみを対象としました.

こうして選定の第2段階で選ばれた232の研究の中で,「健常高齢者」と「健常若齢者」の両者を参加対象とした15の研究が,最終的なレビュー対象として選ばれました.

レビューの際に著者らが着目したのが,障害物回避に対する時間的制約の有無(time constraints, time pressure)がどの程度影響するのか,という問題です.

意外なことに,時間的制約がない条件では,高齢者が若齢者に比べて障害物に引っかかったということが統計的に示された研究はほとんどありませんでした.高齢者の場合,障害物をまたぐ際に,“つまずきにくい動作”(足を高く上げる,障害物にぶつからないように遠い位置に着地するなど)を選択するため,実験場面で何の制約も与えなければ,転倒に結びつくようなつまずきを実験室で観察できないようです.

これに対して,時間的制約を与えている4つの論文では,いずれも高齢者が若齢者に比べて,障害物への接触が頻繁に見られたことを報告していました.

これらの結果を集約すると,実験室場面で転倒に結びつく動作特性を見出すためには,実環境での歩行場面に存在すると思われる様々な制約条件を与えた上で,その動作を測定すべきだと考えられます.


余談ですが,このレビューでとても参考になったのは,選定された15の論文に対する「研究の質に対する採点結果」です.研究そのものの妥当性を評価する基礎的項目から,得られたデータの応用可能性に関する記述があるかといった項目まで,全部で14個の評価基準に基づいて,15の論文が質的に優れているかどうかが詳細に得点化されています.

こうした採点結果は,自分自身の研究が真に客観的なデータとして他者に認めてもらう上で,どのような点に留意すべきかについて,多くの指針を与えてくれます.研究を論文発表する前に,こうした基準に沿って論文を最終チェックするのも良いかもしれません.



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