セラピストにむけた情報発信



高齢者の指タッピング能力:Aoki et al. 2010




2010年5月21日

本日ご紹介する論文は,高齢者の手の動作能力を評価する手法として,人差し指から小指それぞれのタッピング能力に着目した研究です.この研究をおこなったのは,熊本県立大学に在職の日本人研究者,青木朋子氏です.

Aoki T. Finger tapping ability in healthy elderly and young adults. Med Sci Sports Exerc 42, 449-455

青木氏らは,加齢により”手の動作”が稚拙になることについて様々な先行知見があるものの,精緻な動作に欠かせない”指先動作”に関する加齢の影響については基礎的情報に乏しいことを指摘し,実験をおこないました.

参加した高齢者は,指先の動作にかかわる様々な課題をおこないました.その中でメインとなった課題は,指タッピング課題でありました.人差し指から小指までのそれぞれの指を,できるだけ早くタッピングするという課題をおこない,高齢者の指先の制御特性を明らかにしようと試みました.

実験では指一本ずつのタッピングに加え,隣り合う2本の指を使って高速タッピングしてもらうことで,より複雑な指の制御になった場合の加齢の影響についても検討しました.

タッピング課題の成績を若齢者の成績と比較した結果,高齢者は全ての指について,若齢者よりもタッピングの速度が遅いこと(正確には,タッピング間隔が若齢者よりも統計的に有意に長いこと)がわかりました.特に2本の指を組み合わせた条件のほうが,顕著に加齢の効果が出ました.

この論文で興味深かったのは,こうしたタッピングの成績を評価するために実施した,手先の動作や感覚に関する別の課題の成績との関係についての考察です.

加齢に伴ってタッピングの速度が遅くなる原因として,筋力の低下の要因がすぐに思いつくと思います.しかしどうやら筋力低下の影響は小さいようです.

筋力の問題を検討する課題として,実験では参加者が親指と別の指の2本で強くつまんだときの力(pinch force)を測定しました.その結果,高齢者と若齢者の間に明確な差はありませんでした.このほか,指先の感覚についてもテストしたところ,確かに加齢により感覚が鈍くなるものの,タッピングの成績との間に相関関係はみられませんでした.

従って加齢によりタッピング速度が低下するのは,動作の制御に関わる神経系の問題の問題であって,筋力や体性感覚といった筋固有の問題ではなさそうです.

この実験では脳画像等の測定をおこなっていませんので,神経系の問題を原因とする考察は推測にとどまります.しかし青木氏は自身がおこなってきたPETを用いた研究などの知見は,そうした推察の妥当性を多角的に示しています.また青木氏が使用している指タッピング課題は,パフォーマンスの最中の脳画像測定を可能とするため,今後上記の考察に対する様々な情報が得られるものと期待されます.

余談ですが,著者である青木朋子氏とは不思議な縁があり,勝手ながら“戦友”として応援している研究者の一人です.

自分と同世代であるだけでなく,外国で研究したタイミングや,大学の正規ポストに就いたタイミング,そして同じ公立大への就職...など,不思議と同じ時期に同じ境遇を過ごしており,おのずと同じ問題を共有しながらここまで歩んできました.実は直接お会いした機会は決して多くないのですが,スマートに研究を進める同世代の仲間として,その活躍を応援している次第です.



(メインページへ戻る)