セラピストにむけた情報発信



本紹介「生きるって人とつながることだ!」




2010年5月17日

本日ご紹介する本は,視覚と聴覚を失った全盲ろう者でありながら,現在東大教授として活躍されている,福島智氏のエッセイ集です.

福島智「生きるって人とつながることだ!:全盲ろうの東大教授・福島智の手触り人生」素朴社,2010

福島氏は私の所属する首都大学東京(旧東京都立大学)に縁のある人物です.

福島氏は9歳で失明,18歳で聴覚も失い,全盲ろう者となりました.しかし多くの人たちの支援もあり,全盲ろう者として初めて日本で初めての大学入学者となります.福島氏が選んだ大学こそ,東京都立大学でありました.

当時の東京都立大学では保健体育科目が必修であり,福島氏も体育実技の個別授業を受講しておりました.私の現所属はいわゆる体育の部署です.こちらに所属するベテラン先生方にとって福島“君”は教え子であり,どのような体育実技プログラム提供すべきかについて,試行錯誤を繰り返したという当時の状況を良く覚えているとのことです.

福島氏は都立大学の学部卒業後も,修士,博士,助手と都立大学文学部の教育学専攻に所属し,その後金沢大学を経て,現職の東大へと移りました.

本日ご紹介した本は,こうした人生における様々なタイミングで福島氏が記したエッセイ集です.

この本(正確には,福島氏の言動の全て)を読んで,まず印象的なのは,「一般に美化されがちな障害者像」(p.161)が一切存在しないことです.彼の文書には,自分自身を「光と音のない世界に住む宇宙人」と表現するなど,ユーモアたっぷりな表現が随所にちりばめられています.しかし,そうした表現の背後にある意図に関する記述を読むと,「障害とはなにか」や「人間とはなにか」という問いに対する福島氏の深い考えに触れることができ,読者の心を強く揺さぶります

障害を通して福島氏が考える「人間観」は,まえがきに集約されています.

  • 人間は一人ひとり異なる性質や条件をまとって生きている.しかも本質的にばらばらであり,孤独な存在だ.それでも人はみな,どうにかして互いに離れ離れにならないように,いつも必死で誰かの手を探し求めながら,暗黒の宇宙を旅している.こうした私たち一人ひとりを最後の部分でつなぎとめる「命綱」が,心に響くコミュニケーションではないかと感じている.
  • つまり,「生きるとは人とつながることであり,つながりを持とうとする営み自体に生きる手ごたえがある」というのが,私が体験をもとにたどり着いた実感である
  • (p.6-7)

福島氏が「指点字」を通してたどり着いたこの実感とは具体的にどのような体験だったのか...,この本を通してそのいくつか物語を共有できます.

私は研究上,こうした障害者の空間移動の問題に主たる関心がありますが,この本を読んで,コミュニケーションの問題を無視して障害者の空間移動の問題を考えることはできないのだと痛感いたしました.



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