セラピストにむけた情報発信



2人が通り抜けるのに必要なスペースの知覚判断:Chang et al. 2009



2010年4月19日

小さい子を連れて道を歩く父母は,身勝手に歩きまわる子供の安全に細心の注意を払いつつ,自分自身が転倒したり,他者と衝突することがないように気をつけています.このような場面で父母は,「無意識のうちに自分自身と子供を‘1つの歩行システム’としてとらえ,安全な空間移動を実現している」という考え方があります.

今回ご紹介するのは,生態心理学的(ecological psychology)な文脈から,親子が1つを歩行システムを作るという根拠について,安全なスペースを正確に判断する課題を用いて示した研究です.

Chang C et al. Perceiving affordances for aperture passage in an environment- person-person system. J Mot Behav 41, 495-500, 2009

参加者は女子大学生であり,身長172cm以上の大柄な女性と身長152cm以下の小柄な女性の2群に分かれました.各参加者は,やや大きめの小学生(身長134cm)と小さめの小学生(身長119cm)が横に並んだ時,二人ともぶつからずに通り抜けられる隙間のサイズを判断しました.

実験の結果,体格の違いによって通り抜けられるギリギリの隙間サイズには若干の違いがありましたが,この隙間のサイズを「参加者の肩幅+子供の肩幅の合計値」で割ると,体格の違いが消失し,いずれも1.38~1.39という値が得られました.すなわち,こうした知覚判断をする際は,体格の違いにかかわらず,「2人の肩幅の合計値の約1.4倍かどうか」を判断の基準にしていると考えられます.

生態心理学では,私たちが環境を知覚する際には,常に身体や行為に意味づけられて知覚すると仮定します.たとえば目の前に通り抜ける隙間があれば,「その隙間は何センチか」を知覚するのではなく,「その隙間は接触することなく通過できるか」あるいは「その隙間は身体幅の何倍か」といった単位で知覚していることになります.

今回の結果をこの文脈に沿って考えると,「私たちは,自分以外の他者が自分と一緒に行動する場合には,‘人-人システム’として機能し,瞬時に環境の知覚に利用される」ことを示す結果といえます.

こうした研究報告に不満がないわけではありません.たとえば今回の研究では,「どうして私たちが安全なスペースを2名の肩幅の合計値の1.4倍と判断するのか」については,何の情報もありません.肩幅より広い値が境界値となっているという点では安全ですが,決して正確に境界値を判断できているわけではありません.こうした問題に対する明確な答えはなかったため,今後追及する必要があるでしょう.

さらに幼稚園児のように小さい子と一緒に歩く場合,「綺麗に真横に並んで通る」というのは,限られた時間にしか経験できません(非常にお行儀良いお子様なら別ですが).むしろ,子供が先急いだり,逆になかなか一緒に歩いてくれない子供を無理やり引っ張ったりといった具合に,その位置関係がダイナミックに変化するのが常です.従って,実環境で実際の親子がおこなっている知覚判断は,今回の実験設定よりも動的で複雑だろうと推察されます.こうした動的な文脈の研究も今後必要になると思います.

歩行訓練などの臨床場面では,セラピストの方々は患者さんがバランスを崩したりしないように細心の注意を払っています.このような場面でも,“人―人システム”として2人の協同システムが出来上がるのでしょうか.興味深いところです.


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