セラピストにむけた情報発信



急激な視環境の変化に対する高齢者の適応能力(3)



2010年4月5日

引き続き,感覚情報の変化に対する高齢者の姿勢応答に関して報告した論文の紹介です.これまでご紹介した2つの論文では,視環境のみが変化する実験条件が設定されていました.これに対して今回の研究では,視覚情報と下肢の体性感覚情報との間に矛盾した状態(コンフリクト)を作り出し,それに対する適応能力を検討しています.

Bugnariu et al. 2008 Aging and selective sensorimotor strategies in the regulation of upright balance. J NeuroEng Rehab 4: 19, 2007

彼らの研究では,視覚環境の外乱をバーチャルリアリティにより作りだし,下肢体性感覚情報の外乱を,プラットフォームの傾きにより発生させました.

実環境では,地面に対して姿勢が傾けばそれに応じて見え方が変化します.言い換えれば,下肢に生じた外乱により姿勢が変われば,視覚情報も常にそれに調和する形で変化します.

これに対してバーチャルリアリティを使うことで,視覚情報と下肢の体性感覚情報との間の調和のとれた関係を崩すことができます.たとえば下肢に外乱が生じて姿勢が変わった時,視覚像を動かさないようにバーチャルリアリティを設定すると(論文ではsurface-only条件と名付けられました),視覚的な変化が起きないということが違和感ある状況であるため,姿勢動揺が起きます.さらに,視覚情報を実環境で生じる視覚の変化と逆方向に動かすと(discordant条件),非常に大きなコンフリクトとして大きな姿勢動揺の原因となります.

Bugnariuらは,高齢者と若齢者に対して,1時間にも及ぶ姿勢制御課題をおこなってもらい,こうした2つの感覚情報間のコンフリクトがもたらす影響を検討しました.

その結果,高齢者は視覚や体性感覚の入力状況が変化したときに大きな姿勢動揺が起きること,さらに,前述のsurface-only条件とdiscordant条件において,若齢者よりも大きな姿勢動揺が生じることがわかりました.

これら2つの条件は,下肢への外乱に対して当然起こるはずの視覚的変化が起こらない条件です.よってBugnariuらはこの結果を,「高齢者は視覚により大きく依存した姿勢制御をおこなうことから,入力される視覚情報が期待と異なる情報であった場合,中枢神経系が混乱をきたし,動揺が大きくなる」と解釈しました.

高齢者を参加対象として1時間にもわたる立位課題を遂行してもらうのは,それ自体驚きともいえます.この論文では,こうした1時間の立位課題遂行の後,転倒に関係するといわれている複数の評価(歩行速度,タンデムスタンスの立位バランス課題など)の成績が改善していることも報告されています.

この結果を受けて,「高齢者は感覚情報間のコンフリクトが大きい場面でバランスを崩しやすいのだから,転倒予防やリハビリの訓練として,感覚情報間のコンフリクトが生じている場面でのバランス訓練が必要だ.バーチャルリアリティはそうした環境を作り出すための有益なツールとなる」という結論が示されていました.

確かに,安全な環境で様々な外乱を作り出すことができるバーチャルリアリティは,リハビリの問題を検討する上でも有効であり,日本でもこうした手法を得意とする研究者と,臨床に携わるセラピストの方々とのコラボ研究がもっと増えればよいなと感じました.


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