セラピストにむけた情報発信



本紹介「人の気持ちがわかる脳」



2010年3月1日


本日ご紹介するのは,精神科医である著者が,人の道徳的・社会的価値判断に関係する脳機能について,一般向けに解説した良書です.”利己性,利他性”という言葉をキーワードに,比較的新しい脳科学研究や,精神科医としての含蓄ある臨床経験が紹介されています.

村井俊哉 人の気持ちがわかる脳-利己性,利他性の脳科学

様々な脳部位の機能が紹介されていますが,ここでは2つの脳部位の機能についてご紹介します.

1つ目の機能は大脳皮質の前部に位置する「腹内側前頭前皮質」です.

この部位は,目標に向かって秩序だった行動・判断を行うために必要な部位と考えられています.この部位に損傷を受けることで,非合理的な行動が頻繁に出るようになるという臨床知見が数多く報告されています.

自分にとってはやや不公平と感じる要求であっても,その要求を受け入れることが,長期的に見れば自分の特になる場合,甘んじてその要求を受ける場合があります.著者によれば,「腹内側前頭前皮質」はこうした要求を受け入れる際に強く活動するそうです.この事実を受けて著者はこの部位を「耐えがたきを耐え忍ぶ脳」(page 96)と呼んでいます.
ここで「耐え忍ぶ」理由は,あくまで個人的な目標が達成されるためなので,その意味で利己的性質にかかわる脳活動と著者は説明しています.

腹内側前頭前皮質に損傷を受けた人の場合,「耐えがたきを耐え忍ぶ」ことができなくなるため,ほんの些細なことにも感情を爆発させることが多くなります.リハビリの臨床場面でも,すぐに感情を爆発させるような患者さんに遭遇するかもしれませんが,そうした患者さんの一部は,こうした脳機能の異常に原因があると思われます.

もうひとつの機能は,島皮質と呼ばれる場所です.こちらは,腹内側前頭前皮質とは逆に,
怒りにまかせて感情を爆発させる場所のようで,不公平な提案に対して活発に活動します.

この島皮質の活動を,著者は「利他的行動の背景にある脳活動」と読んでいます.すなわち,不公平な提案を野放しにしておくと,社会全体で見たときに不利益をこうむることになるため,たとえ自分が犠牲になってでも,こうした提案が通らないように行動する...そんな行動の背景に島皮質の活動があると考えているのです.

本の中では,こうした利己的・利他的価値観がどのように調整されているかについて,
様々な情報が紹介されています.

著者自身がおこなっている研究は,機能的MRI(fMRI)の手法を用いています.この本では,機能的MRIの手法に関する説明が非常に丁寧であり,コントロール条件との比較が必要な理由など,細かい部分についても解説があります.脳科学的手法についてこれから勉強するという人には,その導入としても役に立ちます.


また個人的には,うつ病等の患者さんの治療薬として,SSRI(脳内セロトニンの働きを調整する薬)について,精神科医として語られる文書(第4章)に大変惹きこまれました.詳細は割愛しますが,臨床に携わるものだからこそ言える含蓄ある言葉を,ぜひ多くの人に楽しんでもらいたいと思いました.


(メインページへ戻る)