セラピストにむけた情報発信



移動行動中の方向転換の際に必要な視線の先行動作
-スノーボードと歩行の共通性



2010年2月24日

昨日までの4泊5日,長野県の戸隠にてスノースポーツ実習という授業を担当いたしました.この実習は5名の教員が担当し,スキーやスノーボードを中心に,アウトドアに関する様々な知識を習得させるというプログラムです.私の仕事は,この実習で初めてスノーボードを体験する学生にスノーボードを教えることでした.

スノーボードでスムーズなターンをおこなうためには,左右下肢の荷重量をコントロールすることや,ボードのエッジを適切な角度で斜面にたてるための全身のスムーズな動作などが必要です.またこれらの動作と等しく重要なのが,ターンに先行して曲がりたい方向に視線と上体(特に手先を意識させる)を向けさせるということです.経験者の場合,曲がりたい方向に視線と手先を向けるだけで,スムーズにボードが曲がっていくという感覚があります.こうした先行動作により発生する体幹のねじれがボードに伝わり,スムーズなターンに寄与するからです.

初めてボードを体験する人の場合,視線や上体の動きにまで気を配る心の余裕がありません.下肢の荷重バランスやボードのエッジの角付けに全神経を注がないと,すぐに転倒してしまうという感覚があるからです.視線もおのずと下を向いてしまうため,腰折れの姿勢や,極端に首を下に屈曲させた不格好な姿勢で滑ることになります.

プロのインストラクターは,こうした悪い癖を早期に改善させようと様々な工夫をしています.言葉で視線を上げるよう指示をするのはもちろんのこと,「あの木を見て」と視線をむけるポイントを具体化したり,インストラクターの後を追って滑るように指示することで,自然と視線を高くさせるといった実践例があります.

スノーボードのターンにおいて視線が先行する行為は,歩行時に進行方向を変える際にも指摘されることから,様々な移動行動(ロコモーション)において,進行方向を変える際には視線の先行動作が不可欠な役割を果たしているのではないかと思っています.

実験室場面において歩行中の進行方向を変える際には,視線→頭部→体幹の順に進行方向へ移動する動作が観察されます(たとえばHolland et al. 2002).脳卒中片麻痺患者などのなどの場合,視線,頭部,体幹が同じタイミングで動いてしまう(すなわち,視線や頭部の自由度が拘束されている)場合があります(Lamontagne et al. 2009).こうした患者の場合,先行動作としての視線の役割が期待できず,それがスムーズな歩行を妨げている可能性があります.

一般に歩行のリハビリテーションの場合,歩行を実現するために必要な全身のコントロールに力点が置かれます.視線については,経験的にその問題に気づいている方は多いように思いますが,視線に介入した歩行リハビリテーションは必ずしも多くないように思います.これはスノーボードにおけるインストラクターの指導理念とは,明らかに質を異にしています.

仮に歩行のリハビリにおいて視線への介入が必要だとしても,どのようなタイミングでどのような介入をすればよいのか,ほとんど情報がないのが現状です.現在私たちのグループではそうした問題について真剣に考えていますが,ある程度長期にわたって地道な実験をしないと,すぐに有益な情報が提供できるような問題ではないのかな,という気がしています.

臨床の現場で歩行中への視線行動への介入を実践されている方がいらっしゃるならば,ぜひ何かの機会にディスカッションをしたいなと考えている次第です.

なお,スノースポーツ実習のフォトレポートを公開いたしましたので,何かの機会にこちらもお立ち寄りいただければ,望外の喜びです.


Hollands M A et al. "Look where you're going!": gaze behaviour associated with maintaining and changing the direction of locomotion. Exp Brain Res 143, 221-230, 2002

Lamontagne A et al. Gaze and postural reorientation in the control of locomotor steering after stroke. Neurorehabil Neural Repair 23, 256-266, 2009
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