セラピストにむけた情報発信



立位中の足底位置感覚にみられる歪み(Kobayashi et al. 2009)



2010年1月22日

私がセラピストの方々を対象に身体感覚(身体意識)について論じる機会をいただいた場合には,必ず「健常者であっても身体感覚は常に正確とは限らない」という話題に触れます.本日ご紹介する論文も,視覚情報が利用できない状況での健常者の身体感覚が,実際の身体状態からずれていることを示したものです.

Kobayashi Y et al Foot position tends to be sensed as more medial than the actual foot position. J Mot Behav 41, 437-443

実験には10名の若齢健常者が参加しました.参加者は足もと(およそ1mの範囲)が見えないように加工されている特殊なゴーグルを着用したうえで,床面にレーザーを用いて描かれた5mのラインを観察しました.参加者の課題は,足底部の指定された位置(内側部,外側部,先端,後端)を,ライン上に正確に合わせることでした.参加者は足もとの視覚情報がりようできないため,足底とラインの位置関係を視覚的に確かめて課題を遂行することができません.ラインはレーザーで描かれていますので,ラインを踏んだかどうかという触覚的判断を利用することもできません.したがって参加者は,ゴーグルで隠すことのできない床面にひかれているラインの位置から,足元のライン位置を推測し,それに対して足底部の指定された位置を正確に合わせることが求められました.

実験の結果,参加者は一貫して,自分の足の位置を実際の位置よりも2-3cm程度内側にあると感じていることがわかりました.すなわち,足底の内側を合わせようとすると,ラインから離れてしまい,足底の外側を合わせようとすると,ラインの上に足が乗ってしまうという結果となりました.このほか,足の先端,後端をラインに合わせる課題では,試行間でのバラツキが大きいことがわかりました.足の前後位置を正確に認識することの難しさを反映していると,論文では解釈されています.

以上のような結果から,たとえ若齢健常者であっても,視覚情報が利用できない状況では立位中の足底部の位置は必ずしも正確には認識されていないと考えられます.

この論文でも紹介されていますが,歩行中に視覚情報が利用できない状況を作り出すと,確かに私たちの位置感覚には微妙な狂いが生じます.たとえば3-5m先に置かれた障害物の位置をあらかじめ視認しておき,そのあとで目隠しをして障害物をまたいでもらうと,50%程度の確率で,障害物を正確にまたぐことができないという報告があります.

私たちの研究室でも,昨年度修了生の落合寛君が,修士論文のテーマとしてこの問題に取り組んでくれました.参加者の様子を観察すると,障害物をまたげない場合のほとんどが,実際の障害物の位置よりもずっと手前の位置でまたぎ動作を開始しているため,結果として障害物を踏んでしまう(あるいは,障害物のはるか手前の位置でまだぎ動作をするため,障害物に届かない)のです.目隠しした状態で歩く場合,非常にわずかながら,歩幅がせまくなったり歩行速度が低下したりするため,このわずかな変化に気づかないと,このような失敗が起こると考えられています.本日紹介した研究は,このような認識のずれが,歩行中だけではなく,立位保持中でも観察できることを示しています.

実際,足元にあるターゲットを正確に踏んで歩くような歩行課題の場合,ターゲットを踏んだかどうかを眼で確認するといった行動が確認できますので,歩行中の足底部の位置を非常に正確にコントロールしたい場合には,視覚情報が必要なのかもしれません.

下肢の関節疾患や脳卒中による麻痺など,で歩行中の下肢のコントロールが思い通りにいかない患者さんでは,歩行中に頚部を屈曲させ,下を向きながら歩くケースが見られるようです.このような患者さんは,意図したとおりに足が動いているかを確認するために視覚情報を使用する必要に迫られるのかもしれません.私たちの研究室では,大学院生の吉田啓晃君が,様々な理由からこの下を向く行為を改善させたいと考え,意欲的に研究に取り組んでくれています.さまざまな実験を通して,足元の視覚情報を適切に入力する最適な方略を見つけたいと考えています.

本日ご紹介した論文の第1著者は,国立リハビリテーションセンター研究員の小林吉之さんです.小林さんはもともと早稲田の工学系の研究室出身でありますが,心理学的な要素をうまく実験に取り組みながら,リハビリにも有用な実験をおこなっています.ちょうど私と入れ違いで,カナダのウォータールー大学の歩行・姿勢制御研究室に留学していることもあり, 研究に対するアプローチが私たちの研究室ともとてもよく似ています.



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