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北山研究室の研究成果
研究方針 □ 2011年度研究成果

1.  PRC十字形部分骨組内の梁部材の耐震性能評価に関する研究

北山和宏・村上友梨・佐野仁彦

 建築物の耐震設計では,個々の部材および建物全体の地震時挙動の制御を可能とする性能評価型設計法への移行が進みつつある。性能評価型設計法を確立するためには,部材の復元力特性やそれに付随した損傷状況を把握する必要があるが,プレストレスト・コンクリート(PC)部材においては,断面の鉄筋とPC鋼材の配筋量,およびそれらの付着性状によって耐震性能が大きく変化し,その組み合わせが多岐にわたるため,性能評価型設計法を確立するための十分な資料は得られていない。

 そこで本研究では,PC鋼材周囲の付着性状が梁部材の耐震性能に与える影響を調査することを主要な目的として,梁曲げ破壊型のPRC十字形柱梁部分骨組試験体4体に対して静的載荷実験を実施した。実験変数は梁断面内の主筋種類およびPC鋼材の材種として,主筋およびPC鋼材に沿った付着性状の組み合わせがPRC梁部材の構造性能に与える影響を検討した。実験結果より復元力特性,梁主筋およびPC鋼材の付着性状,塑性ヒンジ領域長さ,残留変形,ひび割れ幅,エネルギー吸収性能、梁部材の各種限界状態などについて詳細に調査した。

 以上の検討から得られた結論を以下に示す。

(1) 復元力特性の履歴ループの形状は梁主筋の付着性能によって支配され,梁主筋の付着が良い場合には紡錘形となったが,付着が悪い場合にはやせた逆S字形となった。梁主筋の座屈・破断はPC鋼材の付着性能に依存し,付着が良い場合にはこれらは生じなかったが,付着が悪い場合には座屈・破断が見られた。

(2) 異形鉄筋を用いた梁主筋の柱梁接合部内中央での付着性状は,PC鋼材の付着性能に支配された。PC鋼材の付着性能が良好な場合,付着作用によってシース管から放射状の圧縮力が周辺のコンクリートに伝達され,柱軸力と合わせて梁主筋を拘束した結果,梁主筋の付着強度が増大したと考える。

(3) 梁の残留変形と残留曲げひび割れ幅はPC鋼材の付着性能に支配され,付着が良いほどこの両者は大きくなった。

(4) 各種限界状態時の梁部材角は,使用限界は梁主筋の降伏によって決まり0.24〜0.59%であった。修復限界1はPC鋼材の弾性限界あるいはかぶりコンクリートの軽い圧壊で決まり,そのときの梁部材角は0.97〜1.28%であった。修復限界2は残留変形角1/200あるいはPC鋼材降伏で決まり,そのときの梁部材角は1.70〜2.71%であった。安全限界はコア・コンクリートの圧壊で決まり,そのときの梁部材角は2.88〜4.36%であった。

(5) 日本建築学会による提案手法によって推定した,梁のせん断力—部材角関係の復元力骨格曲線は,実験による復元力履歴特性の包絡線とほぼ一致したが,諸事象発生時の梁部材角は過小に評価した。


2.  鉄筋コンクリート骨組内の梁部材に対する耐震性能評価手法の高度化研究

北山和宏・鈴木清久

 「鉄筋コンクリート造建物の耐震性能評価指針(案)・同解説」(日本建築学会、2004年)には,鉄筋コンクリート(RC)骨組内の梁部材の耐震性能を評価する実用的手法が提案されており,当研究室での既往の研究によって,主筋降伏までの変形性能(使用限界に相当)は比較的精度よく評価できることが明らかになった。しかしそれ以降の修復限界や安全限界に対応する変形性能の評価手法の妥当性についてはほとんど検証されていない。

 そこで2010年度に,梁降伏が先行する十字形柱梁部分骨組内の梁部材の耐震性能を静的載荷実験によって詳細に調査した。特に,柱梁接合部パネルからの梁主筋の抜け出しによる変形および梁部材内の梁主筋の付着劣化に起因する変形に注目した。

 本年度には同実験で得られた結果から,各種限界状態を規定する一因である,かぶりコンクリート圧壊時の梁の変形性能を詳細に検討した。すなわち梁の変形成分を曲げ変形,せん断変形,柱梁接合部からの主筋の抜け出しによる付加変形およびひずみシフトによる付加変形の四つに分離し,RC性能評価指針(案)で提案する評価法の精度を検証した。

 本実験では,圧縮側の梁付け根に梁軸方向のひび割れが発生した時点をかぶりコンクリートの圧壊と定義した。かぶりコンクリート圧壊時の梁部材角は,せん断スパン比が4の場合には1.6%から3.1%,せん断スパン比が7の場合には4.2%から5.3%であった。

 本検討によって得られた結論を以下に示す。

(1) かぶりコンクリート圧壊時の梁変形の構成成分は,梁主筋の付着性状および梁のせん断スパン比によって大きく異なった。梁主筋にD22を用いた場合(すなわち、梁主筋に沿った付着の劣化が生じた場合)ではせん断スパン比が4の梁の上かぶりコンクリート圧壊時を除き,曲げ変形が全変形の1/3を占めた。
 柱梁接合部からの梁主筋の抜け出しによる付加変形が全変形に占める割合は柱梁接合部内での付着性状の良否によって変化し,主筋にD22を用いた場合には全変形の20〜25%であったのに対して,主筋にD13を用いた場合には10%に過ぎなかった。ひずみシフトによる付加変形は全変形の36〜63%と最も多くの割合を占めた。

(2) かぶりコンクリート圧壊時のRC性能評価指針(案)による梁部材角の評価は,柱梁接合部からの主筋の抜け出しとひずみシフトをともに過大に評価し,曲げ変形とせん断変形とを過小に評価した。


3. せん断破壊するRC梁および有孔梁のせん断性能評価に関する研究

北山和宏・落合 等

 日本建築学会では,建築基準法による耐震設計の体系における許容応力度設計(いわゆる一次設計)に対応する規準として「鉄筋コンクリート構造計算規準・同解説」を制定している。しかしそれに続く保有水平耐力計算(いわゆる二次設計)を対象とした規準類は整備されておらず,そのための基礎的研究が喫緊の課題として浮上した。

 本研究では新たな「鉄筋コンクリート構造保有水平耐力計算規準・同解説」を策定するための準備作業の一貫として,梁主筋降伏前にせん断破壊または付着割裂破壊するRC梁および有孔梁を対象に,既に提案されているせん断終局耐力評価式の持つ精度を検証した。また,せん断終局強度に到達するときの変形をせん断補強量(せん断補強筋比とせん断補強筋の降伏強度との積)によって経験的に評価する下限式を提案した。

 具体的には,せん断破壊したRC梁および有孔梁について,1990〜2010年の既往文献から810体の試験体の実験結果を収集してデータベースを作成し,統計的な検証を行って以下の知見を得た。

(1) 全てのせん断終局強度評価式(荒川最小式,荒川平均式,靭性保証指針式A法および有孔梁の広沢式)およびせん断ひび割れ強度評価式(荒川式,靭性保証指針式および有孔梁の広沢式)による計算値は実験値に対して平均的に安全側の評価になるが,ばらつきが大きい。

(2) 普通コンクリート(コンクリート圧縮強度σB:4.5~167 N/mm2)を用いた梁のせん断破壊時の荒川平均式と塑性ヒンジの回転角Rp =0とした靭性A法は,せん断終局強度評価式として同程度の精度をもつ。

(3) 付着割裂破壊を積極的には考慮しない荒川平均式によって付着割裂破壊した梁のせん断終局強度を評価したところ,せん断破壊時とほぼ同等の精度を得た。

(4) 有孔梁に対する靭性指針式は,せん断終局強度の下限を評価する広沢式より実験値を安全側に評価するが,ばらつきは大きい。

(5) 有孔梁の長期許容せん断力計算式の第一項は開孔径の影響を過小に評価した。そこで第一項内の項(1-H/D)をせん断終局強度評価式(広沢式)と同一の項(1-1.61 H/D)[ここで,H:開孔径,D:梁全せい]に置換すると,実験値の下限を妥当に評価できた。

(6) せん断引張り破壊すると考えられる(すなわち,pweσwy / (λν0σB)が0.5未満の)無孔梁の終局強度時部材角の下限を実験結果の最小二乗近似によって求め,せん断補強量pwσwyの一次関数として定式化した。


4. 鉄筋コンクリート十字形柱梁接合部パネルの破壊機構に関する研究

北山和宏・平林幸泰

 鉄筋コンクリート(RC)柱梁接合部の破壊を対象として,塩原(東京大学)は接合部パネルに生じる斜めひび割れとひずみ分布に基づいて変形機構と破壊機構を表す9自由度モデルを新たに提案し,柱梁接合部パネルの終局強度や限界補強量の数式表現を提示した。これは,柱・梁端部から曲げモーメントが作用する接合部パネルでは,柱梁接合部パネルの4辺が並進と回転の自由度を持って変形すると考えるモデルである。

 塩原の破壊機構は,柱梁接合部パネルがせん断破壊するのではなく曲げ破壊することを提示しており,従来の破壊モデルとは全く異なる概念に基づく。ただし,この破壊モデルの妥当性について,実際に存在する建物に近い状態での実験的検証はほとんどなされていない。

 そこで本研究では,塩原によって提案された柱梁接合部パネルの破壊機構の妥当性を検証するため,接合部パネルの剛性・強度・損傷集中に対する主要な影響因子である,1) 柱梁曲げ強度比(節点における梁曲げ終局強度に対する柱曲げ終局強度の比) ,2) 柱軸力(圧縮および引張り)および梁軸力(なしおよび圧縮),および3) 柱梁接合部パネルのアスペクト比を実験変数として,RC平面十字形柱梁部分架構試験体5体に静的繰り返し水平加力実験を行った。

 この実験研究によって得られた結論を以下に示す。

(1) 柱梁曲げ強度比が1.2から1.5の範囲において,層間変形角0.6〜0.8%時に梁主筋一段目が降伏し,層間変形角0.8〜1.0%時に接合部横補強筋が降伏した。その後に柱主筋が降伏して,接合部せん断余裕度が1.4から1.9と大きかったにもかかわらず,柱梁接合部パネルが破壊した。以上の破壊過程は塩原による破壊機構におおむね一致した。復元力履歴形状はエネルギー吸収能に乏しい逆S字形であった。なお,アンボンドPC鋼材によって梁に圧縮軸力を導入した試験体では,PC鋼材は降伏しなかった。

(2) 柱梁接合部パネルのアスペクト比が1.1の場合には層間変形角3%時に最大耐力に到達したが,アスペクト比が1.7の場合にはそれよりも早期の層間変形角1.5%時に最大耐力に達し,その後の耐力低下が顕著であった。

(3) 実験による最大耐力は梁曲げ終局強度計算値とほぼ一致した。この実験の範囲では,梁降伏後に接合部破壊が生じる骨組の耐力を従来の梁曲げ終局強度によって評価しても問題はないと判断できる。一方,実験による最大耐力は塩原らの接合部曲げ終局時計算値よりも7〜16%小さかった。この理由として,接合部中央のコンクリートの繰り返し載荷による圧縮強度の低減を考慮していないこと,接合部中央でのコンクリートの圧縮領域幅を柱幅と仮定していること,などが考えられる。


5. 新設開口周りを補強した既存壁式プレキャスト鉄筋コンクリート構造壁の耐震性能

北山和宏・長谷川俊一[高木研究室]・見波 進・高木次郎

 既存壁式プレキャスト鉄筋コンクリート(WPC)構造建物の耐震壁に開口を設けた場合を想定し,8体の直交壁およびスラブ付き立体試験体(実建物の1/2スケール)に静的載荷する実験を2009年度に実施した。本年度はこのうち,上下階ともに開口を有する3体(開口周囲の補強のないもの[試験体N5M],開口周囲を鉄筋コンクリートによって補強したもの[試験体C5M],および開口周囲を鉄骨によって補強したもの[試験体S5M])を対象として,開口周囲に新設した補強の効果を定量的に検討した。

 無補強の試験体N5Mでは水平接合部(セッティング・ベース)の降伏によって最大耐力に達した。その後,セッティング・ベースの縦溶接の破断,セッティング・ベース周辺のコンクリートの圧壊,鉛直接合面脇のコンクリートの剥落により耐力は26%低下した。

 この検討によって得られた結論を以下に示す。

(1) RC補強あるいは鉄骨補強した場合と無補強とを比較すると,最大耐力が2.1倍,1.6倍,初期剛性が4.7倍,2.5倍,それぞれ増大した。ただし,耐震補強を施すことで変形性能は低下した。開口周囲の補強によって耐力が上昇してPCa板がせん断破壊し,地震後の継続使用は困難であった。

(2) 各試験体の最大耐力は,無補強では2階水平接合部の定着筋の降伏後に同水平接合部鋼板における縦溶接の亀裂進展,RC補強では2階引張り側壁板接合部と両補強柱の引張り側主筋の降伏,鉄骨補強では2階耐震壁水平接合部の定着筋の降伏と壁板のせん断ひび割れの拡幅によって,それぞれ決まった。

(3) RC補強では補強部材の一体性が高いため圧縮側壁板の浮き上がりは生じず,面内変形が卓越した。鉄骨補強では,上下階を接続する鋼板は圧縮側壁板の浮き上がりを抑制したが面外に曲がり,圧縮側壁板はこの接続鋼板の位置を中心にして回転し,セッティング・ベース周辺が沈下した。こうした圧縮側壁板の挙動の違いにより補強時の最大耐力に差が生じた。

(4) 水平接合部の定着筋,鉛直接合筋,補強柱および補強梁の水平力に対する抵抗寄与分の総和は最大水平耐力とほぼ一致した。また,開口脇の補強柱による水平力に対する抵抗寄与分は,RC補強は鉄骨補強の1.64倍と大きかった。これは鉄骨補強では脚部コンクリートの圧壊が促進されたのに対して,RC補強では圧縮側補強柱と既存壁板が一体となって挙動したためである。


6.  東北地方太平洋沖地震(2011)による関東地方の被害に関する初動調査

北山和宏・塩原等(東京大学)・松本由香(横浜国立大学)

 2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震による建物被害の概要を把握するために,日本建築学会関東支部では関東地方の建物を対象として会員有志による初動調査を実施した。こうして得られた関東地方の主要な被害概況を以下に示す。

(1) 死者数は全体で58名であった。このうち茨城県で23名,千葉県で19名が亡くなった。東京都と栃木県における死者3名は天井材の落下によるものであった。建物被害は茨城県および千葉県で多く,茨城県では全壊が約1,800棟,半壊が約10,700棟,千葉県では全壊が約700棟,半壊が約2,200棟であった。一部損壊もこの両県で多かったが,栃木県でも約52,000棟が損傷した。津波等による建物の浸水被害は茨城県および千葉県で発生し,床上浸水は約2,300棟,床下浸水は約1,300棟であった。

(2) 津波による建物被害は茨城県北部および千葉県北東部の太平洋沿岸に多く見られた。茨城県南部の海岸線はなだらかな砂浜が続き,家屋が少ないことから建物被害は少なかった。地盤の液状化や沈下は随所で発生したが,とくに霞ヶ浦や北浦の周辺(茨城県)、利根川流域(茨城県および千葉県),印旛沼の周辺(千葉県),東京湾沿いの埋め立て地(千葉県および東京都),荒川や隅田川の流域(東京都)などで大規模かつ顕著であり,それにともなって建物の傾斜や沈下等の被害も多発した。

(3) 全壊あるいは半壊した建物の大部分は木造や組積造の家屋または蔵であり,鉄筋コンクリート(RC)造や鉄骨(S)造の建物はきわめて少ない。ただし新耐震設計法施行(1981年)以前のRC建物には柱や耐震壁のせん断破壊が見られた。また耐震補強を施したRC校舎数棟では,柱のせん断破壊などによって中破以下の被害が発生したことが特筆される。S造の体育館では,屋根面や鉛直構面のブレースの破断,柱脚部のアンカーボルトの破断や柱脚コンクリートの破損などの被害がかなり発生した。

(4) 文化庁のまとめによれば今回の地震によって,一般に耐震性能が劣っている文化財に多数の被害が発生した。棟・屋根瓦の落下,壁面の剥落,柱のずれ・傾斜などが多かったが,茨城大学の五浦美術文化研究所六角堂が津波によって消失したのを始め,江戸城跡の石垣が崩壊するなど,大規模な被害も見られた。


7. 東北地方太平洋沖地震(2011)によって被災した学校建物の現地調査

北山和宏・中村孝也・石木健士朗・柴田 瞬・岸田慎司(芝浦工業大学)・田島祐之(アシス株式会社)

 2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震では,東北地方および北関東地方を中心として多くの建物が被災した。文部科学省は被害を受けた学校建物の詳細調査を日本建築学会に委託した。この現地調査活動の一環として,栃木県18棟,埼玉県1棟および宮城県20棟の学校建物の被害調査を2011年4月,5月,6月,11月および12月に実施した。

 各建物の柱,耐震壁,梁,ブレースなどの構造部材の損傷度を判定して,建物全体の被災度を決定した。それらの結果を取りまとめて,各学校の管理者(一般には地方公共団体の首長あるいは教育委員会委員長)に伝えるとともに,日本建築学会経由で文部科学省に報告書を提出した。


8. 東北地方太平洋沖地震(2011)によって被災した耐震補強済みRC校舎の被害と耐震性能

北山和宏・石木健士朗

 2011年東北地方太平洋沖地震により被災した栃木県I中学校の普通教室棟を詳細に調査した。当該建物は1,2階およびPHが連層鉄骨ブレースで補強された塔屋付き3階建てRC造校舎である。耐震補強を施さなかった3階で柱4本がせん断破壊し,被災度区分判定で中破の被害を受けた。また,耐震補強した1,2階でも数本の柱がせん断破壊した。

 補強後の建物の第2次耐震診断を行ったところ,桁行方向3階の構造耐震指標Isは0.67で最も小さかったが,それだけでは柱のせん断破壊が3階に集中した理由を説明できない。このような被害が生じた原因の一つとして,隣接する腰壁および垂れ壁が鉄骨ブレースの水平剛性を増大させ,相対的に水平剛性の低下した3階に被害が集中した可能性を指摘した。

 RC杭には曲げひび割れ,せん断ひび割れやコンクリートの剥落が発生し,杭頭部のせん断破壊,主筋の座屈あるいは杭頭の折損が見られた。これより基礎構造の被災度は大破であった。このような杭の激しい損傷は2011年3月11日の本震によって発生したと思われるが,2011年4月の調査時には建物の傾斜は観測されなかった。しかし,その後の8ヶ月間に震度4の余震が二回発生したこともあり,柱の傾斜が徐々に進行した。

 上部構造の耐震補強による水平耐力の増大が,杭体に過度の応力を作用させた可能性も考えられる。この点については,今後の詳細な検討が必要である。

9. 建築構造学の発展への佐野利器の貢献に関する研究

北山和宏・有賀沙織

 構造学者・佐野利器(さの としかた)は1916年に発表した「家屋耐震構造論」において,水平震度を利用した建物の耐震設計法を提唱した。本研究では,耐震構造を始めとする建築構造学に多大な貢献をなした佐野利器に焦点を当て,佐野が1905年から1943年までに主として建築雑誌あるいは震災予防調査会に発表した論文・言説などを収集した。また佐野が関わった設計図書なども参考として,建築構造学の理論を構築してゆく過程を調査し,建築構造学の発展に対する佐野利器の貢献について考察した。

 佐野利器は自らも国技館(鉄骨造,辰野金吾設計),丸善書店(鉄骨造,佐野利器設計,日本最初のカーテン・ウォールで有名),学士会館(鉄骨鉄筋コンクリート構造,高橋貞太郎設計)などの構造設計業務に携わった。学士会館(1928年)では当時の市街地建築物法施行規則に従って,水平震度0.1に対する耐震設計がなされた。これは関東大地震(1923年)の被災によって得られた教訓に基づいていた。

 しかるに市街地建築物法の法令が制定されてからわずか7年後に,市街地建築物法の水平震度0.1が金科玉条の如くに使われることに対する危惧を佐野利器は表明した(「耐震論」1931年)。法律の中の数値が独り歩きして,水平震度0.1で耐震設計すれば建物は絶対に安全であるかのような誤解が蔓延することを強く戒めたのである。市井の設計者が「震度法」という便利で簡単な手法の皮相だけを取り出して,自分の都合の良いように使い始めていた社会情勢が読み取れる。このような状況は現在の構造設計の現場においても多々見られるものであり,今から八十余年も前にこのような事態を憂えた佐野利器の慧眼には瞠目すべきものがある。




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