大気化学

 化学の境界領域には、○○化学という分野が数多く存在します。この場合の○○は他の学問分野を表し、大気化学の場合は気象学です。どんな物質が反応に関わるかは化学の領域ですが、何処でいつ起こるかは気象学の領域です。気象場はエネルギー源・反応の媒体であり、物質の挙動やその環境影響と分離して考えることはできません。大気化学の学問的な難しさは多様性・複雑性であり、境界条件が曖昧であることも物事を複雑にしています。一方で、そのような混沌とした中で規則性を見出すことが逆に学問としての面白さと言えるのではないでしょうか。


 環境問題を考える上で非常に重要だがしばしば見落とされるのが、現象の時間・空間スケールです。それらを的確に把握しなければ、問題の本質を見誤ってしまいます。下図は重要な環境問題の時間・空間スケールを模式的に表したものです。時間・空間スケールが大きくなるほど、実態把握や予測が難しくなると同時に、修復に時間がかかります。例えば、東京のNOx排出量をいまゼロにすれば、おそらく1日後には空気はかなりきれいになると予想されます。一方で世界のCO2排出量をいまゼロにしても、地球温暖化への影響が現れるには長い時間がかかります。


 歴史的には、気象学者と化学者が緊密に連携してグローバルな環境問題の解決につながった例がいくつもあります。その中でも、成層圏オゾン破壊の研究は学際的な研究がうまく融合した好例と言えます。航空機・気球・人工衛星を駆使した多角的な観測と数値モデル計算に基づき、フロンガス由来の塩素ラジカルによるオゾン破壊メカニズムが解明されました。政策面では、モントリオール議定書という国際的な枠組みにもつながりました。
 現在問題になっている気候変動 (地球温暖化) でもやはり気象学者と化学者の連携が重要な役割を果たしていますが、こちらは気候学、海洋学も含めたより大きな枠組みが必要です。また、気候変動は我々のエネルギー消費そのものに起因するものであり、フロンガスのように代替物質が確立されているわけではないので、より複雑であると言えます。しかしながら、複雑に見える問題の中にも必ず物理的・化学的メカニズムは存在し、その解明において観測データの積み重ねが重要であることは間違いないでしょう。

 参考文献

Jacob, D. J., Introduction to Atmospheric Chemistry, Princeton University Press.