東京都立大学 都市環境学部 観光科学科
川原晋研究室(観光まちづくり研究室)


研究成果

大きく6つの成果をえました。

  • (1)「都市祝祭空間」のタイポロジーを構築
  • (2) 多様な祝祭空間の生まれ方を収集・類型化
  • (3) 都市空間・祝祭空間の歴史的変容と相互影響
  • (4) 祭りで顕在化する地域の空間性やコミュニティの類型化
  • (5) 祝祭空間の視点を活かした都市空間の見方の展開 
  • (6) 祝祭時における観光者の視点を活かした都市の計画手法の開発

(1)「都市祝祭空間」のタイポロジーを構築

 祭りの時における都市空間の変容の様子や使われ方、そこでの人の動きに着目し、以降(2)〜(5)にしめす成果をとりまとめたが、これらを通して、「都市祝祭空間」のタイポロージー(類型論)を示した。

① 巡りの場

山車等の「巡行」を、単なるルートの話ではなく、都市の歴史や地形、拠点、コミュニティといった都市の成り立ちとの関係や、先に述べたような神事、地域交流、観客向けパフォーマンスといった巡行の意味との関係をつけながら分析する見方である。「巡りの場」を構成するのは、山車等の回遊する範囲である巡行ルートエリア、まちのまとまりが顕在化する祝祭コミュニティエリア、祝祭支援空間、祝祭配慮装置を定義した。

② 見せ場

「見せ場」を構成するのは、「特徴的な都市空間」+「特徴的な山車巡行の動き」とその周辺に生まれる「鑑賞空間」である。これらを統合的に分析することで、都市空間形成や使い方についての様々な示唆が得られる。

③ 伝える場

「伝える場」とは、地域が祭りを守り育て、そして地域内外の人々に祭りの価値を伝えている場である。
地域内で毎年、祭りを準備し技術を継承していく場である山車蔵やその周辺敷地等の「保存・伝承施設」や、祭りを活かした地域の活性化や祭りの資源を活用した通年観光の拠点としてのねらいがあるお祭り会館など「祝祭プロモーション施設」を定義した。
④ 祝祭景
最後に、以上のような祝祭空間が、その背景としての広域的な周辺環境と結びついた景観として認識できる状況を、「祝祭景」と捉えた。神社を核とする宗教的な都市空間構成や、都市形成に関わる風土や文化、生業などと結びつきなど、いわゆる文化的景観が祭りの時に顕在化する状況を示す概念である。これを根拠とした景観形成に資することを念頭に置いた。



(2) 多様な祝祭空間の生まれ方を収集・類型化

 観客数の多い祭礼を中心に地域固有の都市空間に応答した多様な祝祭空間(巡りの場、見せ場)の生まれ方を収集・類型化した。

①「まちなか巡行型」の特色

 山車や神輿がまちなかを渡御する「まちなか巡行型」では、山車の進行方向を変えることに技術を必要とする交差点や、見上や見下ろしの山車等の整列が栄える坂道、地形的に特色のある広場や駅前広場などによる祝祭空間の特色を明らかにした。

② 街路幅員と祝祭空間の関係

 また、特に、街路幅員と祝祭空間の関係について集客数のきわめて多い日本三大曳山祭(高山祭・秩父夜祭・京都祇園祭)を対象に比較調査を行い、幅員の違いによる巡行ルートとして選ばれる傾向や、観客の鑑賞空間と移動空間の明確化の傾向を明らかにした。

③「水辺巡行型」の特色

 また、「水辺巡行型」と名付けた川や海上を神輿等が渡御する祭りでは、その場所と山車等のパフォーマンスの特徴から、浜型、海際型、舟上型と類型化し、観客の滞留や移動の傾向を整理した。
 これらは観光資源として祭りを活かす際の、観客数や観客行動を考慮した都市空間形成や活用に資する情報を提供している。



街路幅員と祝祭空間の関係の例

(3) 都市空間・祝祭空間の歴史的変容と相互影響

① 都市化等に伴う祝祭空間の歴史的な変容

 祝祭空間の形やそこでの山車や神輿等のパフォーマンスは、時代ともに変化する都市空間に対応しながら継承されてきた。神社と御旅所を結ぶ巡行ルートはまちの重要な地点を結びつつも、そのルートは自動車社会の到来による道路等の都市構造の変化や土地利用変化、防災水辺整備によってかなり変わっていることを明らかにした。
 また、少子高齢化に伴う祭りの担い手不足に対応して、祝祭コミュニティも地区の限定的な形から、地区内のより広い層や地域外の人の協力を得られる形に変化しているものもあった。

② 祝祭を意識した都市の再整備・保全

 一方、これら、近代化以降の都市化による整備によって失われたかつての街路や各種オープンスペース、水辺の祝祭空間が、近年では、祭りを意識した形で再整備が行われる事例が増えていることがわかった。
愛知県 亀崎の海岸整備と水辺型祝祭空間の変遷
福島県 二本松提灯祭りの見せ場の変遷

③ 祝祭空間の全国的な整備動向

 こうした祝祭を意識した都市整備の近年の傾向を把握するため、 祭りや祭りに関連する有形無形の資産を、歴史的風致を構成する重要な要素として位置づけている「歴史まちづくり法(2008年)」に基づき、各自治体が策定している「歴史まちづくり計画」の内容を俯瞰した。その結果、祝祭の舞台としての広場整備の計画などはごくわずかであり、巡行ルート沿いの町並みの修景事業や山車巡行の円滑化のための無電柱化の計画は多数見られた。



愛知県 亀崎の海岸整備と水辺型祝祭空間の変遷
福島県 二本松提灯祭りの見せ場の変遷

(4) 祭りで顕在化する地域の空間性やコミュニティの類型化

① 歴史的コミュニティとそのつながりの理解

各地の祭り調査から、祭り時には山車等の運行を司るまち・コミュニティの単位が、祝祭時の提灯等の飾りやはっぴの種類、居囃子などで視覚化される。この情報を地図化し、史実と重ねることで、歴史的な町のまとまりや地域外との関係が見える場合があることがわかり、これを祝祭コミュニティエリアとして定義した。これは現在の住所とは異なる古い町のまとまりの場合も多い。例えば、千葉県の佐原の大祭では、かつての在郷町のまとまり、さらには、まちと周辺農村集落という地域を越えた祝祭コミュニティのつながりを確認できた。

② 地域の空間性の解読の手がかり

また、祭り時には、地域で大事にされてきた都市空間の空間性、象徴性が顕在化するので地域の計画に生かせる情報となり得る。このことを、東日本大震災で津波の被害を受けた岩手県大槌町・吉里吉里祭りの復興調査を通して確認した。2012年と2013年に調査を通して、震災前の巡行ルートへの段階的回復や、まちかどを利用した御旅所や郷土芸能の舞台の創出に加え、背景となる海との視覚的な関係性など、 多くの建造物や都市基盤が失われた地区にもかかわらず、 地域の空間・風景とコミュニティの場を復興する上での重要な手がかりを見出すことができた。



(5) 祝祭空間の視点を活かした都市空間の見方の展開 

① 都市を活動舞台とみる:裏舞台や背景

 以上のような都市祝祭空間という見方・考え方による調査からは、日頃は、交通のための道や、低未利用地的なオープンスペースにも、新しい価値、機能が見いだせることを示している。それは、巡行ルートや見せ場などの「表舞台」としての道や広場に対して、その活動を支える楽屋的な「裏舞台」としての機能を果たしている路地や空き地などの小スペースにも着目し、あるいは、活動の栄える「背景」として町並み景観や眺望景観、道路鋪装を捉える見方・考え方である。
 例えば、滋賀県の長浜曳山祭における子ども歌舞伎では、歌舞伎の舞台となる曳山は交差点に一時的に設置され、3方向は鑑賞空間に、曳山背面方向は楽屋となっている。その際、周辺の空き地や、複数の商業系敷地等に積極的に設けられた通り抜け路地は、演技中の抜け道としても機能し、長年の地元の努力で生まれた回遊性の高い長浜のまちの特徴がみごとに活かされていることがわかった。

② 開放空間と閉塞空間のコントロール

 一方で、大規模な集客数の祭りでは、民地内スペースへの外部者の流入が少なからずある。この状況に対して桟敷席の設置等で積極的に受け入れる例や、バリケードを作って流入を防止する例などの実態を、秩父夜祭を対象に明らかにした。観光化した祭りにおける観客コントロールの課題と視点を提示している。





(6) 祝祭時における観光者の視点を活かした都市の計画手法の開発

 祝祭時における観光者の視点を活かして、都市の整備・保全の計画につなげる新たな方法を開発した。まちづくり条例に基づく景観ガイドライン「美の基準」を20年以上運用している景観行政の先進自治体であり、また、国指定重要無形民俗文化財の「貴船まつり」を有する神奈川県真鶴町を対象に行った。
 具体的には、祝祭空間の分析と観客の行動観察に加えて、観客の撮影した祭りの見せ場を撮影した写真(81枚)を収集・解析することで、観光者の視点や行動に配慮した祭り時の視点場整備のあり方や、見せ場の背景となる景観コントロール重点地区の抽出方法を開発した。これは行政が実施するフォトコンテスト等と連動させることで、行政が実戦可能な汎用性の高い方法となっている。


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