ソフトマター研究室(栗田研究室)

東京都立大学大学院 理学研究科 物理学専攻
東京都立大学 理学部 物理学科

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研究内容

ソフトマターとは,高分子や液晶,ゴムといった”柔らかい”物質群の総称であり,3Sという特徴を持っています. 3Sとは,Soft・Slow・Seeableの頭文字で,柔らかく・遅く・見やすい,のことです. 一般にソフトマターは階層的な構造, すなわち,分子が結合した構造を作り,さらにその構造がより大きな構造を作ります. この階層性のため,熱エネルギー程度のエネルギーで様々な転移を起こし,また,時間スケールが長いために非平衡になりやすくなっています. 我々の研究室では,温度勾配などの非平衡現象とソフトマターの自由度が結合した現象に興味を持って,研究を行っています. 2成分系における熱対流,泡沫,粉体,溶解過程,再結晶化,Radial (Directional) quenchingしたときの相分離過程, 温度勾配下における膜の研究など幅広い分野において,実験的,もしくは数値シミュレーションを用いて研究を行っています.

■ 粘性差を伴った2成分熱対流

水を下から温めると,ある温度差以上になると,対流が起こる事は日常的に観察されます.これは,熱拡散が粘性に打ち勝つ事でマクロな流れを生じています.あまり知られていませんが,液体が2成分混合系になると1成分系より対流現象は複雑になります.たとえば,上下の温度勾配によって,濃度が輸送されます(ルドビック・ソレー効果).密度が濃度に依存していると,対流がしやすく(もしくは,しにくく)なります.
我々は2成分混合系の対流を調べ,過渡的停滞領域の形成という新しい現象を見つけました.この現象には2成分間に粘性差が関わっていることを見つけました.この発見は対流や乱流などにおいて,新しい概念が生まれたと言えます.マントルも複数成分で構成されていますので,このような地球科学的な問題にまで発展する可能性を秘めている研究と考え,進めています.

■ 泡沫

液体-気体泡沫(フォーム)は気泡が液体中に混み合った状態です。泡沫は,気体と液体で構成されていますが,洗顔フォームの様に形状を保つ固体的な性質も持っています.このため,機能性が高く,ビールの泡,洗剤,消火器など日常生活の多くの場面で使われています。さらに,泡沫は生命活動において利用されています。例えば,アワフキムシの幼虫は体液を利用して泡を作り,生活するための巣として利用しています。このように,泡沫は様々な分野において非常に重要な状態です.しかし,この泡沫の物理的な性質はよくわかっていませんでした.
 これまで液体の体積分率が,5%以下であればdry foam, 15%以下であればwet foamと状態を経験的に分類してきました. 我々はdry-wet転移が曖昧なものではなく, シャープな転移であり, 気泡の再配置と関係があることを見出しました.さらにdry状態よりも液体分率が低い時に,superdry状態があることも見出しました. これらの3つの状態はそれぞれ異なる力学的特性を持っていることがわかりました. さらに,高速度カメラを用いて,崩壊現象を観察しました.液体分率が低い場合には,一つの泡の崩壊が連鎖して周囲も壊していく雪崩的崩壊をします. この雪崩的崩壊には,伝搬モードと貫通モードの2種類あることを見つけ,さらにその濃度依存性について膜の揺らぎが重要であることを見出しました. 長年, 未解明であった泡沫の物理学的な状態を明確にするため,研究を進めています.

■ 方向性冷却のパターン形成ダイナミクス

2成分が混ざっている状態から急冷してある条件にすると,それぞれの成分の相にわかれることがあります(相分離). このとき,パターンが形成され,少数相がドロップレットとして現れることが古くから知られています. この相分離パターンは物性と大きく関わっているため,重要です.我々は,温度を空間一様に冷却するのではなく, 冷却領域を徐々に広がっていくように冷却する方法を考案しました.最終的には一様冷却と同じ温度になりますが,冷却の仕方を変えることでパターンが変化します.2次元系では,同心円パターン,放射状パターンが観察されることがわかりました.相分離以外にも,コロイド凝集系にも適用すると,放射状パターンが形成されることもわかりました.

■ 粉体

粉体とは,数10μmから数mmの大きさをもった粒子の集合体であり,医薬品,塗料,化粧品といった製品だけでなく,生産や輸送プロセスにも大きく関わり,工業的に大変重要な系です.一方で,粉塵爆発,土砂崩れ,液状化現象といった災害や地震などといった地球規模の現象にも密接に関わっています.このため,粉体の理解は最重要課題の一つになっています.
粉体は多体古典力学系でありシンプルに見えますが,摩擦やサイズ分散があるため,静的,動的な性質ともに理解が進んでいません.例えば,外力は通常の弾性体と異なり鎖状に伝搬し,応力のネットワークを形成します.我々はこの応力ネットワークを可視化し,どのようにネットワークが形成されるのかについて研究を進めています.

■ 過冷却液体

水を0度以下にすると氷ができますが,すぐに凍るわけではありません.凍るまでの準安定な状態を過冷却液体といいます.過冷却液体が結晶化するメカニズムは古典論でよく記述されますが,この古典論が成り立たないことが多くあります.我々はなぜ古典論が成り立たないのかを調べ,液体とはどういう状態なのか,を解明しようとしています.


■ 重力不安定性の初期過程

自然現象や製造過程において,頻繁に流体の不安定状態は現れます.この不安定状態は初期撹乱からはじまり,マクロスコピックな非平衡現象を引き起こします.例えば,密度の反転状態によって起こるRayleigh-Taylor不安定性やlock exchangeがあげられます.これまで回転やしきりの引き抜きといった実験手法が取られてきましたが,特定の条件を除き,初期過程の観察はできていませんでした.今回,我々はこれらの不安定現象の初期過程の観察を可能とした新たな実験手法を提案し,初期過程からの観察に成功しました..


■ 二分子膜のダイナミクス

界面活性剤・水混合系では,界面活性剤が二分子膜を形成し,その二分子膜がトポロジー的に異なるラメラ相やスポンジ相を形成するという階層構造が見られます.膜は生体内にも見られる構造であり,また,膜は幾何学的につながっているため,相転移も通常と異なり,また,物質輸送も単純系とは異なる可能性があります.
我々は壁に平行に配列したラメラ相を形成し,その状態に温度勾配を印加しました.ラメラ相のエネルギーは膜間距離dと温度Tに強く関係しています. このため,温度勾配を与えることにより,ラメラ相のエネルギーは空間分布をもつことになり,エネルギー輸送が起こます. しかし,ラメラ相の膜間距離dは幾何学的に決定される量であるため,どのようにエネルギーを輸送するのか,わからない状態でした. 我々は,ラメラ相に存在する膜の折りたたみ欠陥(線欠陥)が重要な働きをしている事を発見しました.線欠陥は膜の枚数を可変にする構造であるためだと考えられます. 線欠陥は通常エネルギー的に不利な構造であるのですが,温度勾配という非平衡下では重要な働きをするという現象は大変興味深いと思っています.

■ イオン液体の溶解過程

イオン液体とは,室温で陽イオンと陰イオンが液体になっているものをいい,応用上重要になってきている.このイオン液体が水に溶ける時,通常の液体の溶け方が異なることがわかりました.また,水・エタノール混合溶媒にすると,自発的に穴を開けながら,アメーバの様に移動していく様子が見られました.面白い挙動が見えていますので,このメカニズムを調べています.

■ 蒸発と結晶化の結合

液滴からの蒸発による結晶化は工業的に重要なプロセスですが,蒸発と結晶化という非平衡現象がカップルしているためにメカニズムが明らかになっていません.我々は最近,ピン留めされた液滴からの蒸発による結晶化において,同心円パターンや胡蝶蘭パターンというマクロなパターン形成を発見しました.さらに,このマクロなパターン形成をメゾスコピックな観点から詳細に調べました.拡散律速による結晶成長と溶液のwetting現象がカップルした結果として,高次な同心円パターンや胡蝶蘭パターンが形成されることがわかり,階層構造の形成メカニズムを明らかにしました.この他にも未解明な問題は残っていますので,研究を進めています.

■ 細胞系相分離

近年,細胞内でタンパク質が液体-液体相分離をおこし転写や翻訳,シグナル伝達といった機能を担っていることが発見され,注目されています.上記の機能以外にも,細胞内の液体液体相分離に関係した機能があると考えられ,生化学の分野において研究が盛んに行われています.現在も根本的治療法が見つかっていない神経変性疾患の一つであるアルツハイマー型認知症は、タンパク質の異常凝集によって、細胞死を引き起こすことで発症します.この液体液体相分離のメカニズムやタンパク質の線維化との因果関係はわかっていません.この因果関係を明らかにすることは,根本的な治療法や予防法の発見につながります.
細胞内における相分離研究の中で、細胞内で起こる相分離のメカニズムやタンパク質の線維化について物理学的アプローチによる研究がなされていません.相分離は物理学では古くから研究が多く行われており,膨大な知見と経験があります.そこで,タンパク質が相分離するメカニズムの解明やタンパク質の線維化との因果関係を調べるのに,物理と生化学という国内外でも珍しい形の共同研究を東京大学薬学科富田教授たちと行っています.

■ キネティックサンド

乾いた砂に少量の水を含ませた場合には,水が砂同士を橋渡し(液架橋)して結合剤の役目を担うことで強度が大きくなることはよく知られています.この液架橋は液体状態で動的性質をもつため,衝撃や延伸に強い状態です.しかしながら,重力による排水によって,時々刻々と結合剤が流れてしまい、濡れた粉体としての優位性は失われていきます.そのため、コンクリートなどの長期利用する場面では粉体と結合剤を混ぜた状態を固めたものが主に使われています.長期利用可能,かつ,ゴムのような動的性質を有する新奇材料の開発には,固める必要のない粉体系が必要と考えました.
近年,シリコンオイルでコーティングされた砂が子供用玩具として販売されています.この場合は,砂粒に直接コーティングしているため,コーティングが剥がれにくく,水で濡れた砂に比べて経年変化が起こりにくいという特徴があります.そのため,安定的に力学特性を制御することができます.我々は,このコーティングされた砂を,乾いた砂,濡れた砂に次ぐ第3の粉粒体候補として着目し,研究を行っています.

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