江戸時代の伊豆大島はどのような島であったのでしょうか?ここでは、歴史学の手法である史料を紐解くことからその実態を明らかにしてゆきましょう。

伊豆国大島差出帳(『東京市史稿』産業篇第三十三に全文所収)
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伊豆国大島差出帳(『東京市史稿』産業篇第三十三に全文所収)

1.はじめに

伊豆大島を知る史料の一つに、天明9年(1789年)に伊豆大島からその支配担当であった江川太郎左衛門に提出された『伊豆国大島差出帳』があります(『東京市史稿』産業篇第三十三に全文所収)。この内容は、すでに『東京都大島町史』(以下、『大島町史』と略記)でも紹介されていますが、ここでは、伊豆大島の人々の根底に根付くもの、伝統の原点を知る、と言う視点を持って改めて見ていきたいと思います。そして、これに加えて大島町元町にある海中寺・潮音寺に遺される「過去帳」について一部紹介し、伊豆大島の島外の人に対する慣習についても検討していくことにします。

2. 年貢

『伊豆国大島差出帳』や『大島町史』には、江戸時代中期における支配の視点からの伊豆大島の概要が記されています。そこから、伊豆大島がどのような環境にあり、何が収穫・搾取されたのかと、それに対する伊豆大島住民の対応の様子が見えてきます。

伊豆大島では、当初、塩年貢と御口塩年貢(年貢に付加されたもの)を、共に焼塩にして納めていました。そして、その代わりに御扶持米として米が下し置かれ(与えられ)ていたのです。しかし、塩竃が破損し、その製造が不可能となったため、年貢は元禄3年(1690年)から金納となりました。さらに、享保8年(1723年)には、御扶持米も停止されることになりました。これにより、伊豆大島から納入される年貢は、伊豆大島から外へ出されて販売される特産品等の江戸での販売価格の一割を運上金として支払う形に変更されたのです。

塩
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3. 特産物を生み出す伊豆大島

大島住人には、江戸で販売される伊豆大島の特産品の獲得とその特産品を生産することが求められました。『大島町史』では、伊豆大島の生産力に注目していますが、筆者も、伊豆大島が発信する特産品の魅力と、それを可能とする伊豆大島の魅力に関心を寄せています。中でもとても興味深いのは、江戸時代の伊豆大島の人々が、御扶持米に頼るのではなく、自らの営みに基づき自立した生活を強制される中で、地元の特産品を獲得・生産してきたこと、そしてそれを可能にした資源が伊豆大島にあったことです。

4. 難破船と伊豆大島

江戸時代の伊豆大島を知るもう一つの史料に「過去帳」があります。『大島町史』では流人を中心にこの史料を紹介していますが、ここでは、難破船に関わる事柄について、一部を紹介する形でみていきます。

まず、海中寺に遺される「過去帳」を見ると、江戸時代最末期となる慶応3年(1867年)正月二十五日に、房州布良村(現在の千葉県館山市)の漁夫が所有する船が波浮港に入津の際に転覆し、水主六人のうち、「伝八・忠治郎・倉吉・乙吉」の四人が溺死する事件がありました。一人の遺体が陸揚げされたのみでしたが、四人とも埋葬したこととし、それぞれに、海や大海原を意味する「溟」を用いた「溟観信士・溟現信士・溟退信士・溟瞬信士」の戒名がつけられました。島内の者に付けられた戒名には見られない漢字であることを勘案すると、島外からの来訪者かつ溺死者にちなんだ戒名と言えるでしょう。
潮音寺の「過去帳」では、寛政9年(1897年)九月五日に奥州仙台石巻在住の者が所有する船が泉津村にて破船し、「忠吉・平吉・金八・文五郎」の四人が最終的に亡くなったことが記されています。これらの者にも戒名が付され、島内の無縁仏に土葬されました。
海中寺の例からは戒名の付け方に、また、潮音寺の例からは埋葬体制に、それぞれ他所から難破で流れ着いた者を弔う体制が江戸時代を通じて整えられていたことが垣間見えます。このような難破は、伊豆大島が海に囲まれる島であったことと、船の往来行路に近い(本土に近い)島であったことの両者を併せ持つからこそ起こりやすかった事象と言えます。そして、そのような状況におかれたからこそ、大島では島外船の海難事故に対する対応が慣習化していったのではないでしょうか。

5.むすびにかえて

『伊豆国大島差出帳』、『大島町史』や島内に遺される「過去帳」など江戸時代の史料を読み解いていくと、江戸時代の伊豆大島は、本土の影響を多く受けつつ、一方で本土とは異なる環境・自然による特産品や風習を持っていました。つまり、「離島であり離島でない」、その両面を持つ島と言う特徴がみられるのです。このような特徴を持つ伊豆大島に対し、歴史に学び、伊豆大島自体が持つ環境・自然の魅力をあぶり出していけば、新たな伊豆大島を見つけ出す一つのきっかけになると思います。

東京都大島町史
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東京都大島町史

キーワード

江戸文化 / 慣習 / 暮らし / 史料 / 年貢