セラピストにむけた情報発信



上肢動作に先立つ姿勢制御:注意の役割(Tomita et al. 2008)



2009年12月21日

私たちが上肢動作をおこなう際に,それに先立って体幹の筋収縮が起きます.この体幹の筋収縮は,上肢動作をおこなうことによって身体姿勢のバランスが崩れることを事前に防ぐために,主として上肢動作と逆側の体幹部で観察されます.本日ご紹介する論文は,立位姿勢時に視覚刺激に対して上肢動作を動かすという課題において,視覚刺激に対する注意が体幹の筋収縮の準備に貢献しているということを,事象関連電位という脳波を用いた指標により示したものです.

Tomita H et al. Effects of allocation of visuo-spatial attention to visual stimuli triggering unilateral arm abduction on anticipatory postural control. Clin Neurophysiol 119, 2086-2097, 2008.

実験参加者は肩幅程度のスタンスで立ち,目の前のディスプレイの中央にある固視点を見続けます.固視点の左右いずれかに長方形の刺激が提示されます.参加者の課題は,長方形が縦長の刺激である場合,その刺激は“ターゲット”であり,右側に提示された刺激に対しては右腕を素早く外転(abduction)すること,そして左側に提示された刺激に対しては左腕を素早く外転するとことでした.一方で長方形が横長の場合,参加者は反応しないことが求められました.ターゲットの生起確率は,全体の30%程度です.すなわちこの課題では,“提示された長方形は反応すべきターゲットか?”“刺激は左右のいずれに提示されたか” の2つを判断する必要があり,視覚刺激に対して持続的に注意をむけることが求められます.

実験では,長方形の刺激が提示される前に,事前にその方向を予告した場合(focused-attention条件と命名)とそうでない場合(divided-attention条件)について,体幹の筋収縮反応や,事象関連電位において注意と関わる成分に関する様々な検討をおこないました.その結果,事前に刺激提示の方向を予告したfocused-attention条件のほうが,体幹の筋収縮の生起が早くなること,また事象関連電位の注意関連成分の振幅が大きくなることがわかりました.さらに,体幹の筋収縮の生起時間の早さと事象関連電位の振幅の大きさとの間には有意な相関関係がみられました.以上のことから,視覚刺激に対して素早く上肢動作をおこなう課題においては,視覚刺激が生起すると予測される場所に素早く空間的注意を向けることで,体幹の筋収縮反応を素早く遂行できることといえます.

この研究成果は,体幹の筋収縮という運動学的な反応に,空間的注意が関与していることを示すものです.私たちの研究室の関心事項である「知覚・認知と身体運動の互恵性・不可分性」を実証するものであり,私たちにとっては大変意義深い成果です.また,立位姿勢時の場面で注意が関与していることを示す方法として事象関連電位が使えるなど,方法論的に学ぶべきことも多くありました.

この論文は,理学療法士の冨田秀仁さん(現在,豊橋創造大学保健医療学部の講師)が,金沢大学の博士後期課程に在籍中に発表された論文です.冨田秀仁さんとは2年前にアメリカで開催された国際姿勢と歩行学会(ISPGR)でご一緒したのがきっかけで知り合いました.12月に臨床歩行分析研究会で久々に再会して,この論文を紹介していただきました.実験の細部にわたって配慮の生き届いた研究であり,このような研究経験のある若いセラピストの方々が,大学人として学生を指導するということは,業界全体にとって意味のあることだと考えております.私たちの研究室も,そのようなセラピストの大学院生を多く輩出できる機関の1つでありたいと,論文を読みながら改めて強く思った次第です.


(メインページへ戻る)