セラピストにむけた情報発信



本紹介:教育と脳



2009年9月21日

「脳科学は教育を変えられるか?」

文字通り,直接リハビリテーションとは関係のないテーマです.ただし「脳科学はリハビリを変えるか?」ということに関心のある方には,他領域の動向を知ることで客観的視座を得るという観点から,必ずしも無関連ではない内容でしたので,ここに紹介する次第です.

永江誠司 「教育と脳-多重知能を活かす教育心理学」北大路書房.2008.

この本では,2003年に立ち上げられた国家的プロジェクト「脳科学と教育」に関連する成果や,そこに至るまでの教育心理学の問題の変遷について,専門外の読者にもわかりやすいように概要がまとめられています.

「脳科学と教育」という国家プロジェクトは,1997年に「脳科学の時代」と名付けられた国家的プロジェクトがたちあげられ,その4番目の研究目標として加えられたものです.「脳を知る」,「脳を守る」,「脳を造る」という3つの初期目標に加えて,脳の発達の解明とその教育的応用を目的としたプロジェクトとして,立ち上がりました.この本ではこれらの経緯についても,わかりやすく解説されております.

このプロジェクトによれば,教育の役割は以下の5つに整理されます.1.人格の形成,2.社会で生きていく力の作成(コミュニケーション能力の確立,ストレスに対処できる心身の育成など),3.効果的な学校教育の実施(情報教育,外国語教育,体育教育なども含む),4.生涯の各段階における能力開発と自己実現の支援(仕事で必要とする能力や知識の訓練,芸術・スポーツの能力開発など),5.障害のある人の学習への対応(脳機能障害の解明,特別支援教育の改善など).

脳科学研究の成果のうち,特に脳の可塑性や臨界期に関する研究成果は,上記の3や4に関して有益な情報を与えるものと期待されますし,5に含まれている脳機能障害の解明についても,ひと昔前よりもはるかに多くの情報が明らかになっています.特にこの本では「特別支援教育と脳」として,1章を使って様々な障害児の問題について触れられており,脳科学が貢献できる分野として著者が期待していることが推察できます.

これに対して,教育における非常に根本的な目標である1や2については,直接的に関係のある成果を出すのは,簡単ではありません.人格やコミュニケーション,感情といった問題で登場する脳科学的な話題と言えば,ミラーニューロンシステムの話題や,前頭連合野や大脳辺縁系(とくに扁桃体)に関する話題(ダマシオが提唱する脳のモデル),ワーキングメモリの問題などです.これらの話題は,リハビリテーションにおける脳科学的な話題としても頻繁に登場しています.

ミラーニューロンシステムの話題は,この本の中にも非常に広範に登場しており,その応用可能性が大いに期待されているように思います.リハビリテーション領域においてもいえることですが,非常に多くの話題に対していつもミラーニューロンシステムの話題が登場すると,「ミラーニューロンシステムは脳と心の問題を明らかにする重要なシステムだ」と神格化する人が増える一方,「心のあらゆる問題に万能に作用しているシステムなど,本当に存在するのだろうか」といった疑心暗鬼な気持ちを抱く人の数も増えることと思います.今後さらなる研究成果の積み重ねで,ミラーニューロンシステムが実際に作用している心の問題と,そうでない問題が,より厳密に絞り込まれてきたとき,真にミラーニューロンの応用可能性を考えることができるのかもしれません.

この本は,リハビリテーションの養成課程の教育に関心のある方や,ご自身のお子様の教育という観点から理想的な教育の問題に関心がある方にも,お薦めできます.



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