セラピストにむけた情報発信



「失行」の新しい捉え方



2009年9月18日

失行とは,筋力などの基礎的な運動能力には問題がないにも関わらず,ある特定の道具を使うことだけができないなど,目的志向的な特定の動作が障害を受けることや,パントマイム動作,模倣動作ができなくなる病態を総称的にさします.本日ご紹介する論文は,失行に関する最近の理論に基づき,新しい視点を提供しようとするものです.

小早川睦貴 「失行」の新しい捉え方.Brain and Nerve 61, 293-300, 2009

失行には2つの難しさがあります.ひとつは,あまりに失行の形態が多様すぎて,それらを適切に分類することが難しいということです.もう1つは,既存の分類の枠組み(命名)の難しさです.失行には“観念性運動失行”や“観念性失行”という分類がありますが,“観念”という言葉は,現代のわたしたちにとっては大変理解しにくい言葉であり,それが何を指しているのか,直観的には理解できません.

著者はこれら2つの難しさを改善する方法として,失行を2つの軸に位置づけて捉えなおそうとしています.第1の軸は,失行の問題が身体に関する情報処理にあるのか,それとも行為対象(物体など)に関する情報処理にあるのか,という軸です.第2の軸は,長きにわたって習熟してきた動作を再生するような,記憶に依存する運動の問題か(貯蔵情報処理),あるいは状況に応じて瞬時に運動をコントロールするレベルの問題か(オンライン情報処理),という軸です.

たとえばパントマイム動作の場合,特定の物体に対する反応ではありませんので,身体情報処理・貯蔵情報処理のレベルでの制御が求められます.よって,パントマイム動作障害は,それらの情報処理に関わる脳機能に問題が生じていると考えれば良いことになります.

この論文が提案する枠組みは,昔の分類に慣れ親しんでいない者にとっては,歓迎すべきものといえます.分類の背後にどのような脳機能や情報処理を想定しているかが明確な点も,利点の一つでしょう.ただ冒頭に述べたように,失行はあまりに多様なパターンがありますので,2つの軸だけでは厳密に分けられないものも,数多く存在するのだろうと思います.

軸を3軸,4軸と増やしていけば,分類の精度は向上しますが,それだけ分類の枠組みが複雑なものとなるため,結果として失行の理解を複雑なものとしてしまう,という問題を抱えています.かつて私は大学院時代,様々な香り刺激を,香りの質に対する主観的印象に基づいて分類するという仕事に携わっていました.この時はまさにこれと同様の問題に直面し,頭を悩ませておりました.

まずはこの2軸の枠組みに基づいて,旧来の枠組みでは分類が困難とされた失行が,どこまで分類・説明できるのかについて,様々な検討をおこない,それでも分類が困難な症例が多いならば,分類の枠組みを拡張する方向で検討されるのだろうと推察します.今後の動向に注目したいと思います.



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