セラピストにむけた情報発信



本紹介「人は原子,世界は物理法則で動く」



2009年8月25日

魚や鳥の群れが,秩序だって行動する様子は非常に美しいものです.誰かが指令しているわけではないのに,どのようにしてこのような秩序だった行動ができるのか...その背景にあるのが,“自己組織化”など,パターンを生み出す物理法則です.本日ご紹介する本は,自然界に存在する物理法則が,交通渋滞,集団暴動,流行が生まれる現象など,人間の行動をも支配していることを示唆する本です.

マーク・ブキャナン 人は原子,世界は物理法則で動く-社会物理学で読み解く人間行動.白揚社,2009

自然界には,砂漠の砂丘,台風の渦,水の対流,チョウの羽の縞模様など,美しいパターンを構成しているものが数多く存在します.これらのほとんどが,それらを構成する構成要素が相互作用をすることで,ひとりでに生まれてくることがわかっています.構成要素間の関係から,ひとりでに秩序だったパターンが生まれてくることを,自己組織化といいます.

自己組織化の原理で重要なことは,個々の構成要素の特性そのものを一生懸命理解しようとしても,パターンが生み出される理由にはたどり着かないということです.たとえば,水を鍋で温めれば,自然に水の対流が生まれます.この対流は分子の秩序だった還流によるものですが,いくら分子構造を詳細に追求しても,秩序だった対流を生み出すメカニズムにたどり着くことはできません.微小な構成要素のレベルで考えるのではなく,構成要素間の相互関係やパターンのレベルで考えることが,重要といえます.

今回ご紹介する本の主張は,人間の集団行動を巨視的にみれば,実は自然界と同じような自己組織的パターン形成という考え方で説明できるものもある,ということです.たとえ人間が原子や砂漠の砂に比べてはるかに複雑であっても,集団としての行動は自然界の法則のもとにパターン化されていれる,という主張です.

本の冒頭に書かれている交通渋滞の例は,人間の集団行動を自己組織の原理で考えることの重要性を示す,最もわかりやすい例です.誰も好んで渋滞に巻き込まれたいとは思いませんので,個々のドライバーはスムーズに,かつ自己の内容に運転しようという意図で運転をします.しかしながら交通量が多くなる場所では,車間距離が短くなるため,追突事故が起きないよう,減速する車が増えます.交通量が多くなったうえに,個々の車が減速すれば,道路全体の交通の流れが悪くなり,渋滞が発生します.これが自然渋滞と呼ばれる現象です.上り坂付近で渋滞が集中するのも,上り坂で速度が下がることが原因です.このように考えると,“自然渋滞”という全体的な現象は,車間距離や道路の勾配によって,局所的に多くの車が減速することで生み出されているといえます.“事故をおこなさない”といった個々のドライバーの意図と,“車間距離が極端に縮まったら減速する”という行動に矛盾がないことから,結果として多くの車全体の行動は,自然渋滞という集団的パターンを生み出します.

この本の根本にあるのは,主として経済学などで描かれる「完璧な合理主義者としての人間観」に対する批判です.経済学の理論は,景気や株の動向などの予測に利用されますが,著者によれば,これらの予測に利用される人間のモデルが「完璧なまでに合理的判断に基づく」ものとして想定される以上,いつまでも世の中の現象を正確に予測することなどできない,ということです.著者は,合理性とは独立に人間の行動を操作する特性として,適応,模倣,協調などの概念を紹介し,以下に人間が不合理な選択をするか,そして集団としての人間の行動が,対人関係の中での適応,模倣,協調から生み出される関係性,パターンで説明できるかについて,説明をしています.

なおこの本では,自己組織的な理論に関する初歩的な説明,そして逆に自己組織的に関する理論的に難しすぎる議論も,一切登場しません.極端にいえば,「要素間の協調的,自己組織的な関係が,集団としてのパターンを生み出す」ということさえ理解できれば,自己組織化に関する基礎的概念を理解しなくても,十分に読むことができる一般書です.

実は運動制御の領域では30年以上も前から,自己組織の原理が身体の動きのコントロールにも一躍買っているという考え方が存在します.その結果,歩行のように周期的なパターンとして記述可能な運動については,自己組織的なコントロールで説明ができることが分かっています.このような考え方について深く学びたい方は,過去ページをご参照ください.また拙著「身体運動学」の第3章でも,様々な関連文献をご紹介していますので,合わせてご参照ください.






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