セラピストにむけた情報発信



ダウン症者の歩行:スピードと正確性のトレードオフ
(東京学芸大学・平田正吾氏の研究)




2009年7月24日

本日は,ミネソタで開催されたICPAで報告された研究についてのご紹介です.報告者の東京学芸大学・平田正吾氏は,現在博士課程後期1年生の大学院生です.今年から日本学術振興会の特別研究員にも採用されており,将来有望な研究者です.

私にとって,ここで得られた成果は歩行研究としての意義以上に,ダウン症者の理解や,教育やリハビリテーション全般に対する意義が非常に大きいと感じたため,大変印象に残りました.

Hirata et al. Comparison of performance of tray-carrying task by persons with Down syndrome and those with other forms of mental retardation. Wagman & Pagano (Eds.), Studies in Perception and Action ], 12-14.

実験参加者は,ダウン症者とそれ以外の知的障害者でした.課題は,水の入ったコップを載せたプレートをもち,できるだけ水こぼさないようにしながら,3m先の目標までできるだけ早く歩くというものでした.

実験の結果,ダウン症者の目標到達に要する時間(スピードの問題)は,それ以外の知的障害者の人に比べて非常に長いことがわかりました.ところが,目標到達後にどの程度水をこぼさずに歩くことができたかを見たところ(正確性の問題),ダウン症者はほとんど水をこぼしておらず,その成績はそれ以外の知的障害者と比べてはるかに高いものでした.

つまりこの研究に参加したダウン症者は,水をこぼさないという正確性の目標を達成すべく,真剣に課題に取り組んでいった結果として,歩行速度を極端に低下させざるをえなかったのだと解釈できます.平田さんが示してくださった研究成果は,障害を持たれた方の行動を,単に運動能力の低下としてとらえるではなく,障害に対する適応の結果として生み出された行為のかたちとして捉える必要性を示しています.

この結果を聞いたとき,私は別の意味でハッとさせられました.普段,一度に多くの仕事を同時にこなすことを求められる日常生活では,個々の仕事のスピードを上げて,効率よく仕事をこなすことが不可欠です.このような生活では,常に時間的切迫感を感じるため,たとえば学生や自分の子供が,こちらの要求をテキパキとこなしてくれない時に,ついイライラしてしまい,彼らがどうしてスピーディな行動がとれないのかについて,深く考察する機会を持てておりませんでした. もしかすると平田さんの研究成果のように,私が潜在的に要求していた別の課題を必死でこなすために,スピーディな行動をあきらめざるを得なかったケースも多くあったのかもしれません.

もしかするとセラピストの皆様の中にも,担当する患者さんが自分の要求する課題をうまくこなしてくれない,あるいは真剣に向き合っていないように見える際に,私と同じような反応をしてしまう方もいらっしゃるかもしれないなと思い,自戒の念も込めて,ここにご紹介した次第です.



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