セラピストにむけた情報発信



国際学会参加報告(ICPA)




2009年7月21日

7月12−17日まで,アメリカのミネソタで開催された第15回国際生態心理学会International Conference of Perception Actionに参加してきました.今回は全体で数百名程度の参加の中,日本人参加者15名程度と,例年以上に日本人参加率が非常に多かったことが印象的でありました.

この学会は,アフォーダンスなどの概念を中心として,知覚と行為の相互作用に関する多様な研究が発表される場であります.認知神経科学に精通し,かつ1980年代までの認知心理学VS生態心理学の論争をご存知の方にとっては,生態心理学に対する印象は必ずしも良くはありません.しかしながら,少なくとも生態心理学が提供する様々な方法論は,人間の行動の複雑なダイナミクスを理解するのに大変強力であり,そのような情報を収集する場として,私自身は大変重要な学会と位置付けています.全参加者が1つの会場内で議論を交わす学会スタイルも,中身の濃い議論をする上で大変有効であり,また多くの著名な研究者の素顔を垣間見ることもできます.

今回特に発表が多かったのは,複数の人たちが協調的に動く様子をダイナミックにとらえた研究です.たとえば,立位姿勢制御中は目に見えないレベルで身体がゆっくりと揺らいでいますが(body sway),狭い空間に2人の人が立っていると,2人の揺らぎの周波数が一致していくというのです.本人たちはまったくそのような意識をしていませんので,視覚的に入っていた他者の動きに合わせて協調的(同調的)に姿勢が制御されているということかもしれません.

セラピストと患者さんは,狭い空間の中で,共同でリハビリを遂行していきます.言葉や誘導的な運動といった目に見える形での運動のサポートだけでなく,患者さんが知らず知らずのうちにセラピストと同調した行動をとっていき,結果として適切な運動が適切に調整されていく,ということもあるのかなと感じました.

New York大学のKaren Adolph氏は,幼児研究で国際的に著名な研究者です.彼女は今回の学会で非常に多くのビデオ映像を利用しながら,1つの目標に到達するための人間の行為がいかに多様であるかを示してくれました.数m先のおもちゃに向かってハイハイする乳幼児の中には,片足の使い方がおかしかったり,腹這いからのバタフライジャンプのような行為を繰り返したりと,実に多様な動きを示しました.しかし,この乳幼児たちは皆,数m先のおもちゃにたどり着くことができました.すなわち,目標に到達できる行為は1つではなく,多様に存在するのです.乳幼児はその時点で発達している能力をフル活用して,前進動作を実現していきます.このような動作は誰が教えたわけではありません.乳幼児は前進するのに有効な動作を自分自身で発見し,おもちゃへ向かって前進を続けていきます.

片足の使い方がおかしい乳幼児を見れば,ついそれを正しく矯正したくなります.しかし,もしかするとその動作はその乳幼児の発達の状況を考えればベストな選択であったかもしれませんし,また矯正しなくても,発達の過程でその行為は矯正されていくかもしれません.

私たちはしばしば,子どもをしつけしたり,学生や患者さんをサポートする際,目標を設定するだけでなく,その目標に達する動作の一部始終を指導しがちです.しかしこのような指導は,身体状況と環境の関係の中で自らが知らず知らずのうちに選択した結果出てくる多様な動きの創発を妨げてしまうかもしれないなと,Adolpf氏の研究を見ながら考えていました.もちろん,明らかに誤った動作はどこかの時点で修正する必要があるでしょう.しかし,そのような動作をただちに調整するのではなく,なぜそのような動作が登場するのか,結果としてその動作が目標の達成に寄与しているかなどを,慎重に検討することが必要かもしれないと感じました.

義肢開発に応用可能な研究成果に関するシンポジウムもありました.マサチューセッツ工科大やハーバード大学の工学系グループが,宇宙服の開発や,局所的なダイナミクスで制御できるロボット等の開発技術を,義肢開発に応用しようというものでした.具体的な応用方法が提示されたわけではありませんが,多くの聴衆の関心を集めた新しい技術のように思いました.

私自身は,アメリカンフットボール選手が,防具のサイズに適応して見事な接触回避行動をとることについて発表してきました.本場アメリカで日本人が(しかもアメフトに関して無知な私が),アメフトの研究を発表するということが影響したのか,発表の直前にこれまで経験したことのない緊張感があって,戸惑いましたが,何とか無事に発表をしてきました.幸運なことに聴衆の皆様が好意的な反応を見せてくれ,ほっとして帰途に就いた次第です.また同じシンポジウムでは,自分の行為能力を正確に知覚する能力に関する研究や,幼児のリーチングに関する研究,さらに幼児・妊婦・高齢者が,それぞれ自分の身体と空間の関係を正確に知覚していることを示す研究などが報告され,大いに盛り上がったシンポジウムとなりました.

国際学会への参加は,学術的な知識を得たり,新しい研究者を出会ったりするのに貴重な場であります.それと同等に,大学での日常業務から解放され,学生時代のように研究だけに向き合った時間を取り戻すのにも,大変重要です.最近は国際学会に積極的に参加するセラピストの皆様が増えていますが,たまには職場の人や研究仲間と集団で参加するのではなく,ゆっくりと自分と向き合うために,一人またはごく少人数で参加して見るのも,悪くないかもしれません.


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