セラピストにむけた情報発信



本紹介:ソーシャルブレインズ




2009年7月1日

私たち人間が集団で社会を形成し,適応的に生きていく上で,個々の人間の脳は一体どのような働きをしているのでしょうか.本日ご紹介する本は,ヒト以外の霊長類も含めて,種に特有な社会を形成し,維持していくことに関わる脳機能について,最新の認知科学・神経科学の視点から論じている本です.すでに数多くの書評などで紹介されており,ご存知の方も多いかもしれません.

開一夫・長谷川寿一(編)ソーシャルブレインズ―自己と他者を認知する脳― 東京大学出版会.2009

本書ではまず,社会を構成するもっとも基本的構成要素として,「自己」の認識の問題を取り上げています.鏡に映る自己像を自分の像と認識できる能力や,自己と他者の身体の区別,道具を自分の身体の一部と認識する能力など,認知科学に興味を持つセラピストの皆様にはおなじみの話題がふんだんに紹介されます.

続いて,他者を認識する基礎的視覚機能として,運動を通して得られる他者情報(バイオロジカルモーション)の認識や他者の視線認識の問題が紹介されます.さらに,社会に結びつく話題として,他者への共感,ロボットに対する擬人的認識,自閉症児における社会的認知障害などが,脳機能と絡めて紹介されています.

この本全体を通して発せられるメッセージの1つは,個々の人間が複雑にあいまって形成される社会は,つまるところ,個人の基本的認知機能・脳機能の活動の産物であることから,その認知機能・脳機能を深く追求することで,社会が見えてくるという主張です.一般に,個々の要素に注目して全体の問題に迫る考え方は,要素還元主義と呼ばれます.要素還元主義の考え方は,科学的研究の王道といえます.たとえば,人間のこころとは何かを知るための手段として,人間の認知機能に注目し,その認知機能の一端を明らかにするためのアプローチとして,注意や記憶の機能に焦点を当て,その中で具体的題材をさらに絞り込む...というスタイルが,要素還元主義の考え方となります.

複雑な社会のダイナミクスを,個々の要素の解明によってどこまで追求できるのか,といった議論は尽きないと思われますが,社会の形成・維持という,科学的に扱うことが大変難しい問題に,既存のパラダイムを駆使して果敢にチャレンジしている姿勢に敬意を表したい,そんな気持ちを持ちながら,読む進めることができます.学術的な内容の濃い本ですので,大学院レベルで体系的に知識を学びたい人にお薦めです.




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