セラピストにむけた情報発信



本紹介:子供の脳の発達 臨界期・敏感期
−早期教育で知能は大きく伸びるか?



2009年6月25日

今回ご紹介する本は,前回ご紹介した「脳科学の壁」の著者が5年前に執筆した,子どもの脳の発達に関する新書本です.

榊原洋一 子供の脳の発達 臨界期・敏感期−早期教育で知能は大きく伸びるか?講談社+α新書.2004

「脳科学の壁」と同様,脳科学という言葉を使って科学的に見せている幼児教育について,その危険性を主張しているものです.やはりここでも著者は「脳科学の壁」と同様,幼児教育ブームの引き金となった過去の大ベストセラーを引き合いに出しながら,それらをうのみにしてしまうことに警鐘を鳴らしています.

本書で引き合いに出されたベストセラーは, 1971年に出版された,井深大氏著,「幼稚園では遅すぎる」です.井深氏はご存じソニーの創業者であり,この本は累計で120万部も売れた,まさに大ベストセラーです.

榊原氏は新書の中で,「幼稚園では遅すぎる」における小見出しをいくつか引用しています.

「脳細胞の配線は三歳までに決まる」
「赤ん坊は未熟だからこそ無限の可能性を持っている」
「生後三カ月の赤ん坊にもバッハがわかる」
「幼児のうちに身につけないと一生身につかないものがある」
「刺激のない部屋は赤ん坊にとって有害である(整理されすぎた部屋は子どもの成長を妨げる)」

これが本当に40年近くも前に書かれた本の小見出しかと思えるほど,これらのフレーズは最近よく目にする本や雑誌の幼児教育特集にも頻繁に登場しますね.

これらの話題の背景には,脳の発達にとって大変重要な期間が,生まれてから一定期間のうちに存在するという「臨界期」の話題があります.もう少し俗っぽい表現でいえば,「3歳児神話」(3歳までの子供のしつけ方で,子どもの性格や知能が決まるという考え方)というものがありますが,これも臨界期と同じような発想です.

著者はこの「臨界期」に焦点を絞って,歴史的に見て非常に重要な研究を,大変詳細にかつ分かりやすく解説しています.ここで紹介されている研究は,いずれも早期教育の必要性を訴える本や教材に必ずと言ってよいほど紹介されるものばかりです.著者はそれらの研究成果の学術的意義を十分に認識したうえで,それらの成果を安直に子供の早期教育に結びつけることの危険性を説明しています.

最後に著者は,早期教育がもたらしうる弊害についても言及しています.具体的には,あまりに過剰な刺激が脳の正常な発達をかえって妨げはしないか,という弊害です.このような弊害を懸念する説は「オーバーロード説」といわれます.現時点でオーバーロード説を積極的に支持する研究自体が少ないことから,この説の科学性自体が脆弱であり,著者もそれほど強くこの説を主張しているわけではありません.しかし,脳の可塑性や発達の研究をする誠実な研究者の中には,このような危惧を十分に認識し,子どもへの直接的応用に慎重な判断を促す人たちもおります(たとえば,津本忠治 「早期教育は本当に意味があるのだろうか」 伊原康夫(編著)脳はどこまでわかったか.2005,朝日新聞社, pp. 27-50).

脳が刺激に応答して可塑的に変化する事実は,リハビリテーションにとっても大変魅力的な話題です.しかし一方で,動物実験等で明らかになった基礎的成果を安易に臨床応用してしまうと,予想していなかった弊害を起こす可能性を,現時点では完全に否定しきれない,...子供の脳の発達に関する本ではありますが,リハビリテーションに対しても様々なメッセージを発信しているように思いました.

同様の趣旨の本は,過去のページでもご紹介しています.合わせてご参照ください.
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