セラピストにむけた情報発信



本紹介:「脳科学」の壁




2009年6月22日

今回ご紹介する本は,脳科学があまりにも一般の人たちにとって身近になりすぎた結果,あらぬ方向へ向かっていると危惧した著者が,その危険性について記した本です.

榊原洋一 脳科学の壁.講談社+α新書.2009

爆発的な脳ブームがもたらした負の遺産として,単に脳画像が使われているだけで,明らかに科学性の低いものまで脳科学として取り扱われているようになっています.必然的に,今回ご紹介するような趣旨の本が多く出版されることになります.

類似本と比べて,この本が持つ特徴が2つあります.第1に,脳科学ブームの引き金となった過去の大ベストセラーを引き合いに出しながら警鐘を鳴らしている点です(タイトルもベストセラーをうまく利用していますね).熱狂的なブームが去ったしばらく後に,あのブームは何だったのかと冷めた目で状況を冷静に把握することがあります.著者は10年ほど前の大ベストセラーがもたらした過ちについてわかりやすく解説することで,現在の脳科学ブームでも同じようなことが起こっていることを効果的に伝えています.

もう1つの特徴は,この本が単に脳科学ブームの批判にとどまっているのではなく,「脳機能イメージングで何がわかるのか」を正確に伝えようとしている点です.この本では脳機能イメージング法について,「新書本でここまで詳しく書いて,一般の方々がどこまで理解できるだろうか...」と思う箇所も点在しています.おそらく,この難解な文章を含めていること自体にも,著者の意図があるのだろうと感じます.脳画像を見てその結果が真に何を意味しているかを理解するには,最低限の専門的知識を持っていなければいけない,というメッセージを発信しているようにも思います.

第3章「前頭葉ブーム」では,一見したところ科学的と思われる実験結果が,対照条件(コントロール)の条件設定が厳密でないために,実は多義的な解釈が可能であることを示しています.一般の人々がこの記述を読めば「細かいことにうるさい」と反応されるかもしれません.しかし,科学的エビデンスの追求がもとめられる最近のセラピストにとっては,この記述は非常に重要です.私自身の講演でも,しばしばコントロール条件の設定の重要性について解説していますが,臨床場面での実験で厳密なコントロールを設定することが困難であることから,ある程度コントロールの設定が甘いものが論文採択されることがあります.私自身が関わっている研究でも,やはりコントロールの設定が甘かったと強く反省するものがあり,その度に自分の未熟さを痛感しています.


以上のような内容ですので,脳に関する専門的知識を持たれるセラピストの皆様が読んでも,十分に読み応えのある本のように思います.




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