セラピストにむけた情報発信



ボディワーク的介入の臨床効果に関する本研究室の成果
:大学院生・安田和弘氏の報告




2009年6月17日

私のもとで研究に励んでいる安田和弘君(大学院博士後期1年,理学療法士)は,ボディワーク的介入により身体感覚を鋭敏化させることの臨床的な意義について研究をおこなっています.先日,安田君が修士論文でおこなった研究成果が,雑誌「理学療法科学」に採択されました.彼にとって初の審査論文の採択であります.

安田和弘、樋口貴広、今中國泰 (2009)身体状況の顕在化を促す運動が立位姿勢制御に与える影響.理学療法科学.印刷中

安田君が注目したのは,歩行や姿勢制御の訓練をおこなう前の段階で,身体感覚を鋭敏化させる活動を行うことの意義です.すなわち,歩行中や姿勢制御中の意識をコントロールするのではなく,その前に身体感覚を鋭敏化させる介入だけをおこない,その後は本人の自主性に任せるというものです.

通常,「身体感覚(ボディイメージ)と運動」といえば,運動遂行中に身体部位に意識を高めるような介入を想定します.しかし,たとえば歩行中に過度に身体に注意が向いた場合,安全性がある程度保証されたリハ室ならまだしも,時々刻々と変化する日常環境に注意が向けられず,危険物の回避の支障となるかもしれません.このほか,運動学習の先行研究を見ますと,運動中に過度に自分の身体の一部に注意を向けると,かえって学習効果が阻害されるという報告もあります.このような背景から,安田君は,主たる運動課題をおこなう前に身体感覚を鋭敏化させることの意義に着目しました.

安田君が採用した介入は,全身の関節を1つずつゆっくりと動かしながら(自動介助運動),その動きに意識を集中してもらうという課題でした.実験ではこの介入の前後に立位姿勢動揺量を測定し,その変化率をもとに,介入の効果を検証しました.

その結果,片足立位の場合には介入の効果が認められましたが,両足立位の場合には効果がありませんでした.片足立位の難易度をさらに上げるべく,足元にバランスマットをひいたところ,より顕著に介入の効果が認められました.以上の結果を総合すると,比較的難易度の高い姿勢制御課題では,身体活動を鋭敏化させる介入が効果を持つと考えられます.

純粋に研究者の視点から見れば,この研究では「本当に介入の効果が身体感覚の鋭敏化なのか」といったことが厳密にコントロールされておらず,いくつかの課題を残しています.しかし臨床応用の観点を考えますと,足関節障害の患者さんなど,立位姿勢維持が困難な患者さんに対して,事前にボディワーク的介入をおこなうことで,姿勢動揺を抑える効果があるなど,いくつかの示唆が可能です.

研究を志す者にとって,初めて審査論文に採択されたという経験は,決して忘れることのできない無上の喜びです.審査論文は,本来ならばその成果の持つ意義や専門分野へのインパクトなど,論文の持つ業績的価値が重要となります.しかし,臨床家と研究者の両立をめざす大学院生にとっては,論文審査を受ける一連の過程において,人にわかりやすい文章の構成,結果の見せ方,審査者とのやり取りにおける誠実な対応など,研究者として不可欠な取り組みに真摯に向き合い,さらに採択という結果を通して成功体験を得ることが,まずは重要なことであると考えています.

現在,4名の理学療法士が大学院生として私たちの研究室で研究に励んでいます.皆それぞれ自分自身で面白いと感じているテーマに取り組んでいるため,内容はバラバラです.しかしいずれも臨床の問題に結びつく大変興味深いテーマですので,彼ら全員に同じ成功体験をしてもらいたいと,指導をする立場として切に願う次第でありました.




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