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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

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#676 第42回バイオメカニズム学術講演会

11月27-28日に,第42回バイオメカニズム学術講演会が開催されました。本来は香川県で開催予定でしたが,オンライン開催となりました。私が現在この学会の理事を担当していることもあり,研究室の成果発表の貴重な機会として大学院生とともに参加しています。今回は博士後期3年の佐藤和之君(理学療法士)と,博士後期一年の須田祐貴君(理学療法士)が発表をしてくれました。

  • 佐藤和之ほか「衝突予測・状況判断に利用される視覚情報の年齢的差異 -高齢者特有の知覚プロセスの特定-」

移動行動中の衝突の有無を判断するために,様々な視覚情報を基に衝突リスクを予測し,正しく状況判断するといった認知情報処理が求められます。しかし高齢者は衝突予測能力が低く,行動決定の際に状況判断の誤りが多いといった問題が指摘されています。最近,物体の移動と自身の移動によって変わる空間関係を,3つの視角の拡大率(expansion rate of visual angle)を知覚することで衝突の有無を判断しているというモデルが提案されました(Steinmetz et al. 2018)。佐藤君はこのモデルを利用して,高齢者がこの拡大率の情報を使えていない可能性を検討しました。バーチャルリアリティ環境下で行った実験の結果,高齢者は一部の拡大率の情報に外乱を与えても,判断精度(検出力)が低下しないことがわかりました。この結果は,高齢者は日ごろからその拡大率の情報を衝突判断に利用していない可能性を示唆しています。

  • 須田祐貴ほか「バーチャルリアリティによる高齢者の衝突回避能力向上を支援する方法の提案」

私たちの研究室では,スクリーン型VRシステムを用いて高齢者の衝突回避能力の向上に利用する試みを行っています。私たちは,単に避けるだけではなく,最小の空間マージンで避けることを意図してもらうことが,衝突回避能力の維持や向上に重要と考えています。単に避けるだけでよいならば,オーバーリアクションでよければよく,状況に即した歩行の調整を厳密に管理しなくてよくなるからです。私たちはこうしたオーバーリアクション傾向が,長期的に見て衝突回避能力の低下につながっているのではないかと考えています。以前の検討では高齢者を対象に,最小の空間マージンで避けるような行動調整を導くことができました。しかし一部の高齢者は結果として衝突率が増加してしまうことから,改善が必要と考えました。

須田君はこの改善として「VRトレーニング中の衝突イベントのリアリティを上げること(振動情報の追加)」「空間マージンを小さくするという目標が達成できた試行にフィードバックを提示する」「目標達成とされるマージンの大きさを段階的に下げる」という3つの修正を施し,再度同じ検証を試みました。その結果,衝突率を増加させることなく,高齢者が最小の空間マージンで避けるように行動を調整できることがわかりました。

  • 次年度学会など


次年度は同一時期に東北大学(仙台)で開催予定です。工学・リハビリテーション科学・スポーツ科学など複合分野の先生が集まる魅力的な学会です。最近では運動錯覚のようにリハビリテーションや認知科学で重要なトピックも多くなってきました。

私にとってこの学会の最大の魅力は,発表に対して聴衆の先生方が提示してくださる指摘のクオリティです。この学会では,単に批判のための指摘という議論はほとんどなく,発表に興味を持っていることを前提とする指摘・コメントがいただけます。その中には,指摘される先生自身が同様の関心を持っており,その目線から共感的かつ生産的なコメントを聞くことができます。こうした指摘は大学院生の教育という意味でも極めて有益だと感じています。

ご関心ある方は学会Webページを参照のうえ,ぜひ今後の学術イベントにご参加ください

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