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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

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#670 特集号論文(PTジャーナル)「触れることと触れられること:動くことの意味」

PTジャーナル最新号(2021年10月号,医学書院)の特集は,「タッチ:触れることと触れられること」です。その中で論文を発表する機会をいただきましたので,内容を紹介します。大学院生の渡邉諒君(D3,日本学術振興会特別研究員DC2)との共著論文です。

樋口貴広・渡邉諒 「触れることと触れられること:動くことの意味」理学療法ジャーナル 55 (2021年10月号),1054-1060, 2021

この特集号は,岩村吉晃先生の「タッチ」(医学書院,2001)から20年を経て,関連研究の発展を紹介する構成となっています。私たちは,特集号の1番目の論文として,特集号の副題そのままのタイトルで執筆することをリクエストされました。「触れることと触れられること」というフレーズは,タッチの6章「さわる,さわられる」のタイトルを連想させます。6章では,能動的触知覚(さわること)と受動的触知覚(さわられること)の違いに触れ,能動的触知覚の機序について紹介する内容でした。そこで私たちは,能動的触知覚に関する内容にすることとしました。研究室の研究の特徴を生かすべく,運動制御に焦点を当てた内容になっています。

能動的触知覚には,運動指令情報が貢献するという点が,受動的触知覚と大きく異なる点です。何かに触れようとするときには,触れる対象に対する様々な推測を行います。どのくらいの重さかとか,持ち上げるときにどの程度滑りそうかといった推測です。この推測により,私たちはその対象物に対して適切な運動を計画し,ミスなく目的を達成することができます。論文では,こうした運動制御の視点から,能動的触知覚についてわかっている内容を,できるだけわかりやすく解説してみました。

論文の後半では,ダイナミックタッチについて紹介しました。ダイナミックタッチは,操作対象に対する探索的行為を通して,対象物の属性を知覚するプロセスです。ペンの良し悪しは,実際に試し書きした時の書きぶりでわかります。このように,動かすということがモノの特性を知るための本質的行為ともなり,その一連の過程をダイナミックタッチと表現します。

大学院生の渡邉諒君は,修士論文として頭部(ヘルメット)につけた棒のダイナミックタッチの研究を行いました。頭部に棒を取り付ける経験など,通常は誰も経験しません。にもかかわらず,取り付けた棒の長さを知るために,個人がそれぞれ最適な行為を選択し,ある程度正確に棒の長さを知覚できることを報告しています。論文ではその成果の一部も紹介しています。

現在私たちは,ソニーグループ株式会社と,能動的触知覚に関する共同研究を行っています。何を目指して研究をしているのかについては,一定の成果が出た後で改めて説明できればと思います。

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