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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

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#664 物体把持を意識しながらの障害物またぎ(Rinaldi et al. 2018)

日常生活で段差をまたぐ際は,他の動作と同時並行でおこなうなど,いつでも段差の回避に集中できるわけではありません。今回ご紹介する論文は,段差またぎの際(N条件),もしくはその前後(それぞれN+1,N-1条件)に手で物体を把持することが求められた場合,後続脚のまたぎ動作が影響をうけることを報告した研究です。

Rinaldi NM et al. Walking combined with reach-to-grasp while crossing obstacles at different distances. Gait Posture 65, 1-7, 2018, DOI:10.1016/j.gaitpost.2018.06.167

対象は15名の若齢者でした。Rinaldi氏らは当初,物体把持は先導脚に影響を与えるという仮説を立てていました。物体把持動作では物体の視覚情報が重要なため,歩行中にそれが求められれば,視覚的注意の一部を物体把持に割くことになります。またぎ動作において特に視覚的注意が必要なのは先導脚であるため,先導脚には影響があると予想しました。一方,後続脚については,実際に段差をまたぐ瞬間では視覚は段差の先に向けられており,視覚に依存しない制御が想定されているため,影響は少ないと予想しました。

実験の結果は,仮説とは逆に,むしろ後続脚の方が物体把持の影響を受けました。物体把持が障害粒回避の前にある条件(N+1)において,物体把持が障害物回避の後にある条件(N-1)よりも,段差の開始位置とクリアランスの高さの相関関係が低くなるなど,協調的な段差制御に影響がみられました。また物体の把持においても,N+1条件においてはそれ以外の条件よりも早い段階でリーチ動作を開始することがわかりました。

Rinaldi氏らは,段差またぎに制御のプライオリティがあることが,結果に影響したのではないかと考察しました。すなわち,①先に物体把持をするN+1条件では,その直後に実行する段差またぎを意識しながら物体把持をする状況となること,②後続脚についてはまたぎ動作の瞬間に視覚情報が利用できないため,事前の歩行中に遠方の視覚情報に基づいたプランニングするため,物体把持による干渉が起こったのではないか,と考察しました。

Rinaldi氏らの実験状況は,一種のデュアルタスク状況と言えます。通常デュアルタスク課題では,計算課題などを歩行中連続的に遂行させますが,日常のリアリティを考えると,Rinaldi氏らの実験のように,単回の動作が複合的に組み合わさる状況も多く存在します。課題づくりの発想としても参考になる研究です。

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